母が今行っているデイサービスは3箇所目。
2年ほど前から通っている。
民家でやっている12人ぐらいが定員の小さなところ。
最初、見学に行った時、リクレーションや体操が充実していそうだったので、私と妹は喜んでこのデイサービスに母を行かせることにした。
母は行くのをひどく嫌がっていたので、送りは車で、母を「ちょっとドライブに行こう!」と誘い出し、連れて行く。
車から降りるのを嫌がる日も多かったが、なんとか降り、あとは、私を探す母を、職員さんが「娘さん今、車とめてるから。。」と騙し、私や妹は母から姿を見られないように、そくささと帰る。
職員さんたちは、私たちに姿を消して欲しそうだった。
母のデイでの様子は気になったが、このデイサービスを信じていた私たちは、見学した体操やレクレーションを母がやっているものと思っていた。。。
1年半後の今年の1月、初めて見学に行くまでは。。
なんとなくずっと気になってはいたのだ。
母の様子が、少しおかしくなってきていた。
家のリビングをデイと勘違いして、「もう、ここには来ません!」と機嫌がわるくなることが、増えていた。
それまで歌を歌うのが好きだった母が、歌の本の歌詞を指でポンポンを怒りながら、叩くだけで、歌わなくなった。
だから、こちらから、一度見学したいと11月の終わりに申し出たのに、全然、返事がこなかった。見学ね〜。 考えておきます、という感じだった。
1月のある日、母が朝、老眼鏡を忘れたので、もって行くついでに母の様子を見させてもらうことにした。
私が行った時、母は一人で恐い顔をして、ご飯を食べていた。他の人は食事は終わってレクレーションをしていた。
母は帽子をかぶったまま。 杖も、手提げ袋も持ったまま。。
私が来たこともあり、職員さんは母に声をかけ、レクレーションのテーブルへ誘導する。 みんなが何かやっている横で母は、歌の本をポンポンと激しく叩きながら、ページをめくっている。
私はいつも送ってくる職員さんに、母がレクレーションに参加できているか聞いていたが、職員さんの答えは、見てはりますよ。とか、その場に一緒にいて、加わらないけど、アピールしてはります。 とか、言うものだった。
母の怒りのポンポンを、彼女は、母が自分をアピールしている。と捕らえているようだが、私にはとてもそんな風には見えなかった。
私が来たことで、母はいつもより穏やかだったようだ。 それは職員さんがボロッともらした言葉で、いつも話をしている連絡員さんは、私がいて、いつもより”緊張”していた。と言われた。
結局、レクリエーションも体操もほとんど参加できていないことが明らかになった。
この1年半、母がちゃんとやってくれてる、と思っていた私がバカだった。
連絡員も本当のことを私に伝えていなかった。
見学の後、私はデイサービスあてにお願い書を作成し、少なくとも帽子を取って、かばんもずっと持っていては、それが気になって、他の事もできないので、ころあいを見て、他の方と同じように、棚においてもらうよう、お願いし、できるだけ、声をかけて、レクレーション・体操に参加させてもらうよう、お願いした。
塗り絵でも、母は少しのヘルプがあれば、ちゃんとできるのだ。
ただ、見放されているというか、何か言ったら、機嫌がわるくなるんじゃないかと、それなら、波風立てず、歌の本を一日でも読んで静かにしていてもらおう、というあちらの考えが見て取れた。
やはり、認知症の対応を勉強していたり、認知症の人の扱いに慣れている人がいないのが問題なのだと思う。
一日、歌の本を見てるだけだったら、デイサービスに行く必要もない。
私は家にいるのだ。
その後、連絡帳に何をしたか書いて欲しいとお願いしたが、なかなか書いてもらえなかった。 ケアマネも通して依頼したが、1ヶ月以上かかった。こちらとしたら、ただ母が一日どのような事をして過ごしたか、機嫌はどうだったか、を知りたいだけなのに。。
そんなに無理難題を押し付けているつもりはない。
そんなこんなで、このデイサービスへの不信感もつのったが、急にやめるのも母にとって良くないだろうし、ケアマネによれば、他にもっといい所もない。
何度もお願いして、コミュニケーションを蜜にしていくしかないのだ。
あれから半年たち、6月の初め頃、計画書を貰った時に、また、もう半年たつので、また見学させほしい、と言うと、他の利用者が不審に思うかもしれないので、ボランティアで仕事をしながら、という形だったら、可能かもしれないと言われ、「それでもいいですよ」と答えたのだが、それから、何の返事も来ない。
参観されるのが、そんなに嫌なのだろうか?
というか、聞いたことに対して返事ぐらいくれたっていいと思う。
ここ2週間ほど、母は風邪やら何やらで調子が悪く、デイサービスに行けていない。
でも、ここ数日、母はとても機嫌がいい。
朝からほぼ一日、自分で選んで、本を読んだり、音読したり。
夕方、私と買い物に出かけるときも、すこぶる機嫌がいい。
気がつけば、本をポンポンと叩く癖もなくなった。
いっそのこと、デイサービスに行かない方が良いのでは? と思ってしまう。
母のデイでの様子がわからないだけに、何が母にとって一番いいのか、本当にわかりずらいのが、悩みの種だ。
●母に以前よりも積極的に声をかけてくれる。
●外出にはほとんどついてこなかった妹だが、最近は休日には一緒に出かけてくれる。昨日も、私が講演会を聞きに行くのに、母も車で出かけた方が楽しいから、と彼女から言い出し、車で送ってくれることになり、2時間ほどの講演会の間、妹と母は近くでショッピングをしたり、お茶を飲んだりして待っていてくれた。
●ケアマネさんに話もしてくれた。
●デイサービスの連絡帳に書き込んでいる。
やはり、誰か他に一緒に母をみてくれる人が居るだけで、精神的にも大分ちがう。
これも、この1−2年間、何度も喧嘩して、私も、”もうちょっとみてよ”、みたいなことを声高に叫んできたからだろうか。
やはり、自分ひとりで抱え込まないで、周りの人に時には、
”HELP ME!”
と、大声をあげなければ、まわりはわからないのだ。
いろんなことがあるけど、やっぱり家族っていいと思う。
それは決まって、小さな子供である。
「かわいいね〜〜。」
「本当にかわいいお子さんですね。」
ニコニコと満面に笑みをたたえて、本当に心をこめて言っている。
大女優の演技ぐらい自然で、感情移入された言葉に、言われたほうの父親、母親も悪い気はしないようである。
当然子供も、褒められているのがわかるのか、嬉しそうにしている。
ベビーカーの赤ちゃんも、反応している。
そんな時の母は、全く普通に見える。
私が知らないうちに、親御さんと会話らしきものまでしている。
そして、終わりにいつも、「お忙しいのに、ゴメンナサイね」と言って別れる。
また、時には、喧嘩をしている子供をみて、「ダメよ」、と注意するときもある。
子供を見ている時の、母の表情は本当に生き生きしている。
私と妹がまともに結婚でもして、子供でもいたら、母ももっと生き生きとして、認知症にならずに済んだのかも。。 と思うこともある。
ダメ姉妹である。
デイサービスは老人ばかり集めて世話をしているが、老人に必要なのは他の老人ではなく、子供なのではないだろうか?
今は核家族化が進んで老人と子供が一緒に暮らすことは少なくなった。
こんな時に求められているのは、やはり、世代間の交流なのだろう。
この学会で発表された研究結果の一つに、従来から言われていた「アルツハイマーの原因に食事と運動が関わってること」が証明された、と載っていた。
それにしてもアルツハイマー病の研究には時間がかかる。 50代の人が70代になるのに20年。 中には学生の頃から実験に関わってる人もいる。それらの被験者を長期に観察して、記憶や認知機能の衰えを測定していくのだ。
やはり、アルツハイマーという病気はある日突然かかるわけではなく、明らかな初期症状が現れる10年以上前から、徐々に始まっていく。
つまり”中年”の時にどんな生活を送っていたか? が直接、20年後に認知症になるか、ならないか、に関わってくるのである。
学会では、まあ、これまでにも言われてきたことだが、心臓病・高血圧・糖尿病になる人は認知症になる可能性も高いということが、多くの実験でさらに明らかになった、と発表された。
まず、ミルクやバター・マーガリンばかり(つまり飽和脂肪)摂取してる人はリスクが高くなる。 一週間に3度は魚(不飽和脂肪)を食べる方がいいらしい。
また、一週間に最低3回、ウオーキングより激しい運動をするのが認知症の予防にはいいらしい。
中年と言えば私。 ミルクやバターは毎日欠かさず摂取している。
運動?? スポーツクラブどころか、ウオーキングさえやってない。
せいぜい、ショッピングモールをうろつくぐらい。
一日外出しない日もある。
ということで、認知症街道まっしぐら。。
マジで、なんとかしなくちゃ、と思う
低血圧で調べてみると、85〜100になっていたが、じゃあ、74はなんなんだー!
低血圧のせいか、朝、起きるのがつらい。
母の方が先に起きて、自分でその辺のポロシャツをきて、机に座っている。
寝巻き代わにしているTシャツの上からポロシャツを着るので、暑い。
でも、一旦着てしまうと、寒いと言って簡単には脱いでくれないので、一日中、暑いことになる。
そんなことをしていたからだろうか? それとも急にタオルケット一枚で寝させたからだろうか? 母は風邪をひいてしまった。
鼻水がズルズル流れてくる。 私が、”鼻をかんで!”と言っても、いまいちわかっていないような時もある。
渡したティッシュを丁寧に畳んでいる。
ティッシュを鼻のところまでもっていってあげると噛んでくれる。
自分でちゃんと出来てるときもある。
しかし、たいていの場合、母はトイレットペーパーも、お手拭のウエットティッシュも、紙という紙は全て、両端を揃えてきれいに畳む。
トイレで私が丸めて渡したトイレットペーパーも、広げてきちんと畳んでからでないと、使わない。
お風呂上りの下着のシャツも、着るより先に畳んでいる。
そういえば、昔から母はお店でも、自分がみた服はきちんと畳んでなおしていた。 今でも、レストランで椅子に座って立つ時は、椅子をきちんとなおしている。
きっちりした性格なのだ。
その性格を受けてか、妹は小さいとき、バーゲンでおばさんたちがひっくり返した服の山を、店員さんでもないのに、畳んで片付けていたのだ。
私はこの母の性格を全く受け継いでいない。
いいかげんな性格は父に似たのだ、と最近気づいた。
デイサービスでも、自分が完璧にできないこと、ちょっと自信のないことは、母はやろうとしない、と言っていた。
完ぺき主義も考え物だ。
やっぱり人生はいい加減な性格ぐらいがちょうどいい。
と、本日のお題とはまったく関係ない話になってしまったが、水分補給の話をしたかったのだ。
先日、見ると母の足の甲がパンパンに腫れていた。
去年のちょうど今ごろ、私が用事で海外に行っていた時も、母の足がすごく腫れたらしい。
かかりつけの医者に行くと、水分不足が原因とのこと。
最近も暑いし、お茶などを飲みたがらない母なので、こっちも気をつけてはいるのだが、どうしても水分不足気味になってしまう。
と、いうことで、重い腰を上げて、マンゴープリンを作った。
缶詰のマンゴーをミキサーにかけピューレ状にして、400MLの牛乳と50MLの生クリームを温め、ゼラチンをいれを入れ、マンゴ、コアントロー、バニラエッセンズを入れて冷やすだけ。
簡単にできて、結構おいしい。
できたら、生クリームをホイップしたものにキュウイなどのフルーツをトッピングしてもおいしい。
お茶などは飲みたがらない母だが、マンゴープリンは大正解!
一日、2個ぐらい食べてくれる。
朝は、なかなか食べてくれなかった母だが、ボローニャのデニッシュパンなら、あっという間に食べちゃうし、本当に、おいしいもの、自分の好きなものなら、さっさと食べる。 確信犯である。
たとえば、うちの場合、肉体的な大変さはほとんどない。トイレのやり方がわからなくなってきているとは言っても、少しのアドバイスで自分で全部できるし、歩くのも歩行器を使ってさっさと歩く。
何が大変か? というと、こっちの言うことをきいてくれないことである。
●水分補給が大事なのに、お茶や水を要らない、と言って飲まない。
先日買ったジューサーで作った、バナナやヨーグルト入りのジュースも、そんなにまずくないはずなのに、一口飲んでそれ以上飲もうとしない。 便秘解消にせっかく作ったのに、がっかりである。
●最近はましになったが、お風呂やシャワーを嫌がる。
●これまた最近はましになったが、着替えを嫌がる。 などなど。。
で、ある。
なんか書いてしまえばたいした事はないのだが、私は元々、せっかちで、忍耐強くない性格。
しかし、忍耐を要求されることが多いのだ。
そして、飲み物や食べ物を拒否された私は、人間らしく落ち込む。
しかしこの落ち込み、というのには色んな感情が入っている。
大部分を占めるのは”怒り”である。
どうして、OOしてくれないの?
物事がスムーズにいかない。
せっかくジュースつくったのに。。
そして、”悲しみ”
表現できないけど、うれしくはない、気分が重たくなる。
介護者でうつ病になる人も多いようだが、それも納得。
そしてアルツハイマーを介護している介護者が自分も同じアルツハイマーになる例も結構あるようだが、これは遺伝というだけでなく、介護によるストレスのせいではないかと思う。
最初の方で書いたが、ストレスでコルチゾールというホルモンが体内で大量に放出されている状態が続くと、海馬がやられてしまうのだ。
「感情はコントロールできる」ということがあるサイトに書いてあった。
それは感情を押し込めるようなコントロールのしかたではなく、感情の基になる考え方を改めるのだ。
http://homepage2.nifty.com/tetunosin/kanjou.html
まず、感情には目的があるという。
●感情というのは、誰かを自分の思い通りに動かそうとして、自分自身が作り出したもの。だから人を自分の思い通りにしようというのを止めれば、感情は消える。
●例えば怒りという感情は、相手を脅して、自分の思い通りにしたい気持ちである。だから、相手を思い通りにしたいという気持ちをやめれば、怒り等の感情は消える。
●怒りは悲しみでもある。怒っている時に、もしかして自分は悲しいんじゃないかと考えてみる。怒りはコントロールしずらいですが、悲しみはコントロールしやすい。
●怒りが悲しみであった事がわかると、そこに残るのは、あなたの願いだろう。本当は「○○して欲しかった」とか「○○して欲しくなかった」という願い。あなたの悲しみは誰に向かっているのか?自分の願っている事がわかったら、怒りを使わなくても、理性的にお願いすることもできる。その場合、相手の自由意志を認めないと、強制する事になり、また怒りが発生する。
ふんふん、かなり納得。
まず、私が母に対してストレスを感じるとき。それは怒りであり、悲しみでもあるのだが、「怒り」は、母を自分の思いどうりにしようと思っている所から発生している。
そして思いどうりにならない母に感じる怒りの正体は悲しみ。
それは「どうしてこんな病気になっちゃったの?」、つまりいつも正常な人間と比べていることと、
もっと深く突き詰めれば、自分に対する不満・不安。
人は未来を考えるとき、不安になるというが、
「結局、こんなどうどうめぐりをしていていいんだろうか?」
「社会から取り残されてるんじゃないか?」
という漠然とした焦りと不安なのだと思う。
このサイトに書いてあった感情をコントロールする方法。
■ 感情コントロールの具体的な方法
私の場合で言うと、感情が出たら、誰に対しての感情か?その人をどういう風にしたがっているのか?を自分の心に聞きます。それが理解出来たら、人を自分の思い通りにしようとするのは止めよう!と自分に言います。これでまず感情がなくなります。感情的になるという事は、その相手と自分が競争関係なんです。つまり相手を尊敬してないのね。
感情が収まった後に残る気持ちは何か?というと、相手に対する願いです。こうあってほしいとか、これは止めて欲しいという気持ちね。これを感情を使わないで、相手に伝えればいい訳です。
最後の方は認知症の人には当てはまらないと思うが、結局、相手を尊敬してないから、怒りが生まれるのだ。
「介護する者」と「される者」。
その関係は多くは、やはり上下関係になってしまっているのではないか?
「これして」、「あれして」と、子供を扱うように、やはり母を扱っている。
まず母を、母の意見をもう少し「尊敬」することから、はじめることにしよう。
母が抹茶オーレは飲んでくれたところを見ると、やっぱり、バナナ・ヨーグルトジュースは母にとっては「まずかった」のだと思う。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/kaysaka/draft/1e-kanjo.htm
しかし、私の頭が弱っているせいなのか、難しい。
気になったところだけ、ちょっとまとめてみる。
感情は動物が進化していく上で、より複雑になってきた。
トカゲと犬なら、犬の方が幅広い感情をもっていそうだ。
進化の過程で行動は感情より先にあったが、やがて感情つきの行動になる。 どうして感情が付いてる方が良いのか?
感情は行動を生み出す前に感じられる。 つまり「予告」という特徴がある。感情によって、今からの自分の行動が自覚できる。
例えば、強い怒りの気持ちをもったとすれば、それは今から暴力的な行動をとることが自覚できる。怒りを自覚することにより、理性によってその行動を自制するかどうかの判断ができるようになる。
つまり、感情があるからこそ、わたしたちは知性的になれる。
感情VS知性のように、感情は知性と相反するものと思っていたが、知性は感情から派生したものとも言えるのだ。
と、長くなるので今日はここまでにしておくが、母のようなアルツハイマー病の人にとって、感情のコントロールが難しくなるのは、この”自制”、すなわち”知性”の部分が失われてきているからなのだろうか?
脳の感情を司る(主に扁桃体)と、知性を司る大脳新皮質は互いに情報をやりとりして、行動を決めている。 この連携プレーがやはり損傷しているのだろう。
ともすれば我が儘、気まま、頑固、怒りっぽい、とネガティブに受け取ってしまう感情のコントロール力の低下だが、胃潰瘍の人の胃が痛むのと同じように、アルツハイマーの病状の一つと考えてあげなければならないのだと思う。
それにしてもアルツハイマー病って、つくづく損な病気だと思う。
”胃が痛い”人には同情するのに、”急に怒り出す人”には誰も同情してくれないんだから。。
本人も苦しんでるはすなのに。。
好き・嫌い、快・不快という単純化された感情が強くなってきた。
食べ物も、以前は好き嫌いが全くなかった母なのに、最近は、好き嫌いがはっきりしていて、嫌いなものは食べない。
外出先で知らない人に会う。 母がしゃべりかけたり、ニコニコしたりした時、友好的な人は好き、だが、友好的でない人は嫌い。 相手の顔色をよく観察している。
そもそも感情とは一体何だろう?
考えれば考えるほど難しい問題だ。
●感情は記憶と結びついている。
何かを思い出す時、嫌だったか、嬉しかったか、というその時の感情もよく覚えている。
●感情は理性とも結びついている。
無意識のうちに感情を抑えているのは、露骨に嫌な顔をすべきでない、など状況判断をしているからだ。
●感情は内分泌系ホルモンとも結びついている。
感情が高ぶっている時には副腎からアドレナリンが出て、心拍を早めたりする。
感情的に強い印象を受けた出来事を鮮明に覚えているのは、記憶がストレス反応で放出されたアドレナリンによって固定されるためであり、その意味では、記憶、感情、内分泌ホルモンは相互に関係している。
母が感情的になってきた理由は、はっきりとはわからないが、海馬や扁桃核、大脳新皮質などの全体的な衰えが原因なのではないかと思う。
実際、感情を表す時、辺縁系の海馬と扁桃核(感情を司る所)は知性脳である新皮質とお互いに相談をして、決めているようなのだ。
この連係プレイがうまく出来なくなっているので、的確な感情表現が難しくなっているのだろう。
それにしても、脳について理解するのは難しい。
今回は心と身体の関係までは踏み込めなかったが、感情と身体の密接な関係を次回に書こうと思う。
私の住んでいる辺りにはムカデがよく出現する。特に、今のような梅雨時に。
去年の夏、ゴキブリは1匹も見なかったが、ムカデは2−3匹出てきて大騒ぎになった。 風呂場、トイレ、2階の和室にまで出てきた。
インターネットで調べると、ムカデはじめじめした落ち葉の下などが生息場所らしい。 腐葉土になるからとほっておいた落ち葉を早々に片付け、薬をまくと、出てくる出てくる、巨大ムカデ。
石などでたたき潰すより、熱湯をかけて殺すのが一番いいらしい。 潰すと、においを発散して、メスのムカデが寄ってくるのだそうだ。 熱湯をポットに入れて、薬をまいておびき出したムカデにかけると、一瞬にしてゴムのおもちゃのようになった。
今年は、去年のようにはならないように、と、5月頃から落ち葉は掃除し、庭と家の周りに薬をまいたせいか、1匹も見なくて喜んでいた。
その矢先、じつは2−3日前、リビングで夜、私と母が歌を歌っていると、なんか私の足の上を這う感触! 見ると、細いひものようなものが、
ぎゃあーーーーー
私は足を跳ね除けた。 大きくはない、細い小さな。。
ムカデ!?
私と妹パニックに陥る。 えっと。。。
妹: 洗剤かけたらいいんだっけ??
私: 熱湯でしょ。。 でもお湯を沸かしてる場合じゃないし。。
妹: とにかく洗剤洗剤。。
(洗剤ってゴキブリじゃなかったっけ??)
私:そこにあるスリッパで叩かなければ。。 とか思ってるうちに。。
母がスリッパを履いた足で、すばやくしとめた。
足の指先でギュっと押さえつけている。
1−2分経っただろうか。。 ママ、ちょっと足どけてみて。。
40女が80のおばあさんに、”ママ”、というのもおかしいが、昔からこの呼び方なのだから仕方がない。
ムカデって生命力強いから、足で押さえてたぐらいでは死んでなくて、逃げ出すかもしれないので、私はスリッパ、妹は洗剤で構える。
母が足をどけると、ムカデはペチャンコになって死んでいた。
結構、すごい力で踏んでいたのだ。
それにしても、母の動体視力は認知症でも全然衰えない。
飛んでいる虫だってつかんでしまう。。
私はムカデにかまれたことはなかったので、ショック!
足の甲が痛いような”気”がする。
家にあった、以前皮膚科でもらったステロイド系の軟膏をぬる。
結局、痛いような気がしただけで、別に痛くも、赤くも、腫れもしなかった。
本当にムカデだったのかも怪しい。
母がペチャンコにしたおかげで、原型をとどめていなかったし。。
それにしても今年は出てなかったのに。。
その日の朝、庭のアジサイを10本ぐらい、切花にしてバケツに入れてリビングにおいてたから、花についてきたのかも。
アジサイの絵でも描こうかな? と思って。。
結局、アジサイはまだ描けずに、しおれかけている。
いつから切れてたのだろう? もう、1ヶ月半以上は母に飲ませていないように思うが。。
今回は、PS(ホスファチルジルセリン)、アセチルLカルニチン、コエンザイムQ10を注文。
イチョウ葉とDHAはまだあるし、総合ビタミン剤は粒が大きくて飲めないけど、一応まだあるから、なんとか飲まなければ。。
サプリメントはアメリカの方がクオリティが高いような気がして、アメリカのサイトで注文してDHLで送ってもらう。
サプリメントを選ぶときも、私は食品添加物があまり入っていないものを選ぶようにしている。
何種類も飲むのだから、添加物ばっかり摂取することになっても嫌だし。。 身体にいいと思って飲んでいても、添加物で身体に悪かったりして。。
今回買ったものには、セルロース、二酸化ケイ素、ステアリング酸マグネシウムは入っているが、それ以外の保存料などは入っていない。
なんでもアメリカではサプリメントを薬と食品とは区別して、ちゃんとしたサプリメントの規格のようなものがあると聞いたが、日本ではサプリメントは薬ではない、ということで、食品と同じ扱いになり、何の基準も設けてないので、成分表示もないようなものを見かけたりする。
その点、アメリカのサプリメントは成分表示も非常に詳しく書いてある。日本のサプリで何百mgと書いてあっても、よく見ると10粒で、とか、たくさん飲まなければそれだけにならないことも多い。
というわけで、少々送料(今回は22ドル)はかかるが、注文も簡単だし、支払いもクレジット払いで簡単なので、ついついアメリカのものを買ってしまう。
そんなに簡単なのに、なかなか再注文できなかったが。。
DHLは結構早く到着するので、今週中には着くだろう。
あとは、母が飲んでくれるかどうかだ。。
することではないだろうか?
介護する方にしたら、どうして急に機嫌が悪くなったのかわからないから、さっきまであんなに機嫌がよかったのに、なんで〜!? ということになり、途方にくれる。
母の気分のアップダウンもジェットコースターのように激しい時もある。 しかし、機嫌が悪くなる原因は母なりにあるような気もする。
どんな時に機嫌が悪くなるのか?
●外出先でおもしろくない所(ショッピング)などに無理やりつき合わされ、ずっと待たされたり、そこがどこかもわからないのに、むやみに歩かされた時。
まず、見当識障害で場所、時間などがわからなくなっているので、いつも不安である。 何度も、ここはどこ? と聞く。 それから、家までの距離をいつも計っている。 家から遠いよね?
車で来たから。。 15分ぐらいで家に帰れるよ。 と私が言うと、ちょっと、ほっとして、車できたん? じゃあ、よかった。 と言う母。
●最近暑いので、外出先でちょっと歩いて、汗で身体がベトベトになった時。
この間、そうだ! 母の下着がけっこう分厚いから悪いのだ。ということに気づいた。 昔、母は私たちによく、クレープという生地の下着を買ってくれてた。
と、いうわけで、先日、母にクレープの下着を何枚か買った。とたんに、雨続きで、ちょっと肌寒い日が続いているが。。
●薬を飲む時。
たいがいは上手く行くのだが、さっき風邪気味だった母に葛根湯を飲ませたら。顆粒が喉につまって、パニックになってしまった。 水を追加で飲んでくれたからよかったが、機嫌が悪いと、水をいらない、という。 つまり喉のつかえを解消するために水を飲む、ということが理解できないので、詰まってるのに、なんでこれ以上、何かを口に入れなきゃならないの? という気分なのだろう。
●やることがない時。
ボーっとすることが出来ない母は、やることがなくなると機嫌はあまり良くない。 だから起きているときは、自分の部屋の机の上に並べられた、動物カードやいろはカルタを見たり、ティッシュを丸めなおしたり、障子に塗り絵した紙をクリップで貼り付けたりしている。
リビングではTVを見たり、専用DVDをかけたり。
勿論、自発的にTVをつけたり、はできないので、様子を見計らって、こちらがつけるのだが。
母としては私も一緒に見て欲しいんだろうけど、そうもいかないので、一人で見てると、面白くないと、コンセントから抜いてしまう。 DVDはさすがに、同じものを何度も何度も見てるせいか、最近、少し飽きてきたようだ。
●デイサービス。
集団が嫌いな母。家が一番落ち着く場所である母は、やはり、家でない所で、大勢の人がいるところは好まないようだ。
「ここがデイサービスで、一日いろんな人と話したり、アクティビティをしたりして過ごす所に来ている。」という事を理解していないから、不安なのだろう。
●騒音の激しい所。
最近はファミリーレストランでさえ、子供の甲高い声や、おばさんグループの大声が店内に反響して、高デシベル状態になっている。 関東だと、おばさんももっと静かなのだろうが、ここは関西。 みんなが吉本のようなしゃべりをギャアギャアとやっているのだ。
今思いつくのはそんな所だが、こうやって書き出してみると、結構、私でも機嫌が悪くなるようなこともある。 母なりの理由でやはり機嫌が悪くなっていたんだ。
アルツハイマーの人は脳の海馬という所がかなり損傷を受けているらしいが、海馬は大脳の辺縁系の中にある。 辺縁系は感情を司る部分なので、やはり普通の大人なら我慢したりすることが、アルツハイマーの人には難しくなり、感情がもろに出てしまうのだろう。
そういえば、2−3年前なら我慢してくれれたようなことも、最近は嫌がることが多い。
感情のコントロールがやっかいな問題だが、打つ手がないわけではないと思う。 次回は、この問題をもう少し掘り下げて書いてみる。
先週7時間だから、10時間以上も描いてたことになる。
早く終わりたくて、葡萄から開放されたくて、うずうず。
「こんなもんんでいいですか?」 と何度も先生に聞く。
先生も半ば呆れ顔。 その性格から直さないと。。 とまた、言われた。
以前にも違う先生から言われた言葉。
そうだ、そうなのだ。 絵画をやっている人に私のような人はいない。
大雑把、いいかげん、落ち着きがない、一つのことに集中できない。
絵を見るのは好きだったが、何を血迷ったか、会社を辞めてから絵画教室に行くことになった。でもすぐにさぼり癖が出て、行ったり行かなかったり。 クラスの有効期限もあるので、1ヶ月ほど前から、よし! がんばって回数消化するぞー! と意気込む。
母がデイに行って妹が夜も母を見れる、土曜日に行っているが、最近の母は機嫌があまり良くなく、昨日もデイサービスのお迎えが来たが、”行かない!”と。。 介護員さんが母の部屋に入って、「行きましょうよ!」 と 声をかけるが、完全無視。
なんか、わざと無視するあたりなんか、頭まわってない? と思ってしまう。
母がデイに行かないので、後ろ髪は引かれたが、回数消化もあるので出かけた。 往復2時間でまた丸一日、絵だけの日が終わった!
母を犠牲にしてやる価値があるのだろうか? と時々疑問に思うが、描いているときは完全に母のことは忘れている。
終わると頭が痛いのは脳を使った証拠なのだろうか?
ちょっとご飯も食べて帰り11時PMに帰宅。
母、洗濯物を畳みながら起きている。
今日は丸一日家に居たみたいだ。
なんか私が帰るの待っていてくれたのかなあー。
もう少し早く帰ってくれば良かった。
昨日寝るのが遅かったせいか、今日は朝から機嫌が悪かった。
久々に妹と3人でショッピングに行ったのだが、人も多く、母もショッピングが嫌い。
音読するものを持って行って、母に読んでもらってベンチで待っててもらう。居なくなると困るので、こっちも時々、様子を見に行くが、母は人ごみの中で結構待たされて、我慢の限界って感じ。
考えたら、来たくもない所に来さされて、待たされて、母、かわいそうだったな。 ずっと我慢してたみたいだが、3時ごろ食べたランチの時、ちょっとブチ切れ。
車とは反対の方向にさっさと歩いていく。
何とか車に乗ってもらって、母の気分も回復したが、母の嫌いなことばっかりやらせてる私達(私と妹)も私達である。
結局、自分たちの事しか考えていない。
こんな自己中姉妹だから、
母のために時間を使う、ということは結構むずかしいことである。
それにしてもここ最近機嫌が悪いのは、1ヶ月ほど前に切れたサプリのせいか? 人に勧めておきながら、最近母に全然飲ませてないし、私も飲んでない。
なんたるいい加減女だ!!
母の苦悩は”私”といういい加減女を産んだ時から始まったのかもしれない。
「頑張って」を英語に訳すと一つではなく、状況に応じていろんな言い方ができると思うが、一般的には、Hang in there. Stick to it. Give it your best. Keep it up. Keep at it. You can do it. などがあると思う。
しかし、これらの英語の場合、かなり具体的なことに対して使われるような気がする。 というのも日本でよく使う「頑張って」という言葉をアメリカにいるときほとんど耳にしなかった。上のような英語もほとんど使わなかった。
勿論、私が単にそのような言葉をあまり使ったり、聞かないような特殊な状況にあったのかもしれないが、なんとなく思うのは日本人は褒めるのが下手だ、ということである。
このような激励の言葉の代わりに、私が良く聞いたのは、Good Job. とか、Excellent, Wonderful. I'm very proud of you. Take it easy. Take care of yourself.など褒めたり、相手を気遣ったりする言葉である。
I'm very proud of you, なんて映画などでも親がよく子供に言う言葉である。
職場でも学校でもアメリカ人は相手をよく褒めるように思う。
勿論、シャイな日本人と、オーバーアクションのアメリカ人、島国・単一民族の日本と移民の国アメリカでは国民性が違うのは当然だと思うが、日本人もこれからは、もっと相手を褒めるべきではないのか? と思う。
先日の奈良の放火事件をみても、子供を褒めずに、子供のいいところを認めてあげずに、ただ頑張れ、勉強しろ、という親。
そんな親が多いと思う。そして親たちは、平気で身体障害者用の場所に車をとめる。 昨日、ショッピングモールへ行ったら、5台ある身障者用のスペースの一台分しか空いておらず、駐車場のおじさんも、私の車の身障者マークを見て、そんなんつけてなあかんねんやんねー。 全部、ついてないなー。 困ったもんやね。 みんな広いからとめるのかな? でも、注意もできないしー。 と言っていた。
報告が遅れたが、結局母は身体障害者3級が通り、晴れて身体障害者用スペースに車をとめれるようになったのだ。
他の4台をみると、証明書どころか、シールも何も張っていない、完全な健常者の車である。
子供に対しては、勉強だけでなく、もっと社会的モラルを教えるべきだと思うが、親がこんなんだから、子供も手なずけられていないサルのような子を最近よく見かける。
勿論、全員がそうだと言ってるわけではないので、誤解しないで欲しい。
話が逸れたが、母は人を褒める達人である。
買い物に行くと、スーパーのレジのおばさんに、必ず、「わー、てきぱきとなんでも出来てすごいですねー。」 「お仕事大変ですねー」と声をかける。
ちょっと前までは、「わー、きれいなお顔!」 と誰でも褒めちぎっていた。
レジのおばさんは通常、とても喜んでくれて、ちょっとはにかんだり。でも、母の言い方がすごく心がこもっているので、悪い気はしないようだ。 ただ、一度だけ、明らかにアトピーで厚底眼鏡で、「きれい」と言われたことがないようなレジのお姉さんに、母がいつもの調子で「わー、きれいなお顔!」 とやったとき、無視されたが。。
母が褒めている横で、全く同調せず、「早く、行くよ。」 「スミマセーン」 とか言う私も、もうちょっとお世辞でも同調してあげてもいいんじゃないか? と思うときもある。
結局、私も典型的な日本人。 褒めるのが下手なのだ。
午前9時だというのに、ゴミ出しに外に出ると灼熱の太陽。
今朝は朝から、昨日入荷したとのことで電気屋に取りに行った新しいミキサーでフレッシュジュースをつくって飲んだ。
超ヘルシー!
この前、甘夏とマンゴーとキュウイでゼリーを作ろうと、ゼラチンを入れるも全然固まらず。ゼラチンが少なかったのか?と思い、大量に入れてみる。
ところが全然かたまらない。 ゼラチンの袋の下のほうに小さく、キュウイやパイナップル(生)のたんぱく質分解酵素で固まらない場合があります。
と書いてある。
これか。。
固まらないので、そのまま冷蔵庫に入れていた。それをミキサーでジュースにするとめちゃめちゃおいしい。
最近、市販のオレンジジュースを”辛い”と言って、飲んでくれない母が、”おいしい!” と言って飲んでくれた。
妹はTVでやってた”若返り”ジュースをつくる。
プチトマト、人参、ほうれん草、キュウイを入れる。
おいしくもないが、まずくもない、何の感動も呼び起こさない味。
この味は母には無理だろう。
しかし、市販の野菜ジュース。 十何種類の野菜、とか書いてあるけどいつもトマトの味しかしない。 味も薄いし、健康のため、と時々買ってしまうが、どれだけ健康にいいんだろう? と疑問に思ってしまう。
やっぱりこうやって家でつくって飲むのがいいよな。。
庭で花に水をやり、ついでに車を洗っている私の、あついー あついー という声が母に聞こえたらしく、母の部屋の窓が開き、「もうやめときなさい」 「休憩しなさい」 「頑張ったらあかんよ」 という声が聞こえてくる。
そう言えば、母は昔からいつでも、私のちょっとした弱音にでも反応して、「大丈夫?」 「休みなさい」 「寝たほうがいいよ」 などと、ほとんどいつも休んでいる私に言うのである。
しかし母本人はいつも頑張ってしまう性格。 今も、食器を洗って、流しをゴシゴシ磨いている。 食器も母が磨くとピカピカになる。
私個人は「頑張りなさい」という母より、「頑張らないで」という母の方が好きである。
結局、私達みんなが求めているのも「頑張らないで」という言葉なのかもしれない。
「頑張らなきゃいけない」のは本人が一番わかっている。
私も安易に使ってしまうが「頑張って!」 という激励の言葉は、使い方によっては「まだまだだ」 「もっとできるはずだ」 「もっとやれよ」 という「その人を評価してない」という意味にもとれるのだ。
以前勤めてた会社。社長に入社後何度か、「頑張って下さい」と言われた。明らかに、「今はまだ頑張ってない」と言われてるようだった。
その証拠に2−3年して、私が十分”頑張ってることを彼が認識しだしてから、一言も「頑張って下さい」とは言わなくなった。
「頑張って!」
そんな言葉を子育てでも、会社でも、”いい言葉”だと思って安易に使ってしまうが、本当は、
「頑張らないで!」(あなたはもう十分頑張ってるのだから。。)
という言葉を私たちはもっと使うべきなのかもしれない。
そうすれば、うつ病も人も減るかも。。
介護も「頑張らない介護」をこころがけよう、と言われている。
でも、もともと頑張らない性格の私のような人には、
母のように優しい「頑張らないで」よりも、やっぱり「頑張って!」とお尻をたたいてくれるような人が必要かも。
だって、どんどん頑張らなくなりそうでちょっと怖い。。。
天才の脳は凡人とどう違うのか?
そのことを解明すべく、カリフォルニア大のダイアモンド博士がアインシュタインの脳を解剖したところ、ひとつの例を除いて他には相違点はなかったそうだ。
その一つの違いとは?
頭頂葉にある脳領域39という場所にグリア細胞が多かった。
グリア細胞については以前に書いたプログを参考にして欲しい。
脳領域39は脳のなかでも進化した部分らしく、イメージ、記憶、集中、自己認識、言語関係、計算、視覚・聴覚・嗅覚からの情報の統合など、高度な知性に関連した場所らしい。
グリア細胞はニューロンの「世話をする」細胞、ということで以前にも書いたが、ニューロンが減っていくのに対し、グリア細胞は脳を使えば使うほど増えていく。
ということで、アインシュタインの脳にはこの場所のグリア細胞が多かった。 つまり、「考える」細胞(ニューロン)が活発に働いていたため、それだけ栄養補給などの「世話」が必要だったのだろう。
この結果を受けて、ダイアモンド博士はラットで実験してみた。
片方のラットは思考を促すような「おもちゃ」を入れた大き目の檻に入れ、もう片方はなにも置いていない小さな檻に入れた。
その結果、「おもちゃの」入った檻に入れられていたラットの脳領域39は、グリア細胞増加のために16%大きくなっており、他の領域も約10%大きくなっていた。
博士が「高齢の」ラットで同じ実験をしてみたところ、同じ結果がでた。
「精神的な豊かさが、若くても年老いても脳の流動性能力を強化する」というダイアモンド博士の仮説は、人間を対象としたその後の研究によっても裏付けられた。
認知能力低下の防止・改善に「メンタルトレーニング」が有効であるという研究結果が出ている。
You cannot teach an old dog new tricks.
「老犬に新しい芸は教えられない」
というアメリカのことわざがあるが、研究の結果、
「老犬にも新しい芸を教えることができる」、ことがわかった。
実際、母も新しい歌を覚えるし、デイである利用者から何度も繰り返し聞かされていることは、すごく頭にインプットされていて、その話ばかりするようになった。
ニューロンは増えないけど、グリア細胞は年齢に関係なく使えば使うほど増えるのだ。
要するに、日々の「精神的に豊かな生活」が認知症の予防には必要なのだ。
あ〜あ〜、また九官鳥の「かんちゃんが」、あそぼ、あそぼ、と私を呼んでいる。
鳥と遊んでる暇なんかないんだけど〜。。
と、いわずに遊んでやるか。
遊んでたラットの方が脳細胞増えてたし。。
鳥と遊べば、鳥も私も脳細胞が増えて、一挙両得!
風呂上りにフランクフルトをあてに、ビール(でもないか、発泡酒)を飲んでいる私を満たしている今の気持ち。
今日は母と3時半頃からショッピングモールに繰り出し、ぶらぶらと結構歩き、6時ごろ帰ってきた。
汗をかいた母にシャワーをさせねば、と思いつつ、ペットの九官鳥の水浴びもしなくちゃならないし。。 このペットの九官鳥、名前は「かんちゃん」、一年ほど前に買ったのだが、やたら手がかかるのである。
毎日、水浴びはさせねばならないし、鳥かごから「出せ出せ」アピールがものすごい。とにかく鳥かごが嫌いな鳥である。
と、いうことで、帰宅後、休むまもなく、かんちゃんに水浴びをさせる。 鳥かごの下に敷いてる新聞紙を交換したり、結構時間もかかる。
その後、部屋に居た母にシャワーを勧める。 そうねえ、とノリがいい。
ここ数日、ほとんど毎日抵抗なくシャワーが出来ている。
その調子でいると、服を全部脱いでから、急に拒否。 逃げようとする母に無理やりシャワー。
本当はもっとやさしく接しないといけないんだろうけど、こっちも目的達成に意地になる。
シャワー後母に、「自分のことは自分でしますので、ほっといて下さい」と言われ、下着を渡すと、ほとんど自分で着て、パジャマも着てくれた。
最近時々、「自分のことは自分で!」と言っている。
部屋にこもっている母を尻目に、今度はこっちがシャワー。 こう暑いと、朝晩2回ぐらいシャワーしなきゃやってられない。
そして、リビングのソファでビールにフランクフルト。
うーーん! Life is Beautiful!
部屋がシュールリアリズムのような状態になっていようと、ソファの前のテーブルが物で埋まっていようと、その片隅にビールとフランクを置くスペースをつくり、 フランス製のあらびきマスタードとデルモンテトマトケチャップをソーセージに塗りたくる。
Talbot/Whiteというバンドのoff the beaten track という何で買ったかわからない,最近までずっと聞いたこともなかったCDをかける。このCD最近、すごく気に入っているのだ。
結構大き目の、夜店で売っているようなフランクフルト3本で今日の晩ご飯にしてしまおう。朝・昼はサラダメインでとってもヘルシーだったから、一食ぐらいいか。 それにしても母の夕食どうしよう? もう8時だし。。
妹が晩ご飯食べてくるからっていってたせいか、料理をする気になれない。。 結局、母もランチが2時頃だったし、軽い夕食ということで、サツマイモ、シメジ、わかめなどをぶち込んだ具だくさん味噌汁にした。 Dear Soupっていう具沢山スープーの店があるけど、それの和風バージョンじゃ! などと、勝手な解釈をつける。
それにしても、食べてるときが一番幸せ。
私の写真は食べてる写真が多い。 食べてる時の写真はなぜか写真映りがよい。 やっぱり幸せ感に溢れているのだろう。
欲を言えばこのプランクフルトがドイツ製とかで、もっとおいしければ。。 ビールもチェコかオーストリアかドイツのドラフトビアだったらなあ。
でも、丸大のフランクにアサヒの発泡酒でも幸せを感じる私は結構、cheap date, 安上がりな女、である。
なーーんにもない毎日でも、おいしい食事と、こんな夕日が見られれば最高にHAPPYである。 2日前に近所で撮った夕焼けの写真。

継続ってやっぱり難しい。 特に私は。。
先週はちょっと病院疲れ。 水曜日に母のために大学病院に行き、金曜日に今度は私の方でまた同じ大学病院。
土曜日は嫌がる母を無理やりデイに連れてゆき、私は絵の学校へ。葡萄一個を6時間ぐらい描いていたが、結局だんだん変になってきてまだ終わらず。ショッピングしようと思っていたのに、終わった頃には店は全部閉まっていた。
今日は妹も一緒に3人で出かけ、ジューサーを購入。
今まで健康にあまり興味のなかった妹が、最近急に健康志向になってきて、TVでやっていた若返りのジュースを作らねば。 とのことで、急きょ買いに行く。選んだ商品は在庫切れのため今日は持って帰れなかったが。。
母は電器店で歩行器で歩き回り、
「ラジカセ」って何? とか、
「ハイビジョン」って何?
とか聞いてくる。
最近の母は、何でも疑問に思って聞きたがる子供のようだ。
OOって何? と良く聞く。
この前はマンションの広告で「頭金0円」というのを見て、
笑いながら、あたま金??
「頭金」って何?
そう言われれば、確かにちょっと変な日本語だ。
確かに母の行動をその年頃の子供の思えば納得が行く。
歩行器を押して、どんどん走って行ってしまう母。
走らないで〜!
と言っても止まってくれない母だが、「ストップ!」と言うと、止まってくれる。
昨日のデイは朝から行きたくないようだったせいか、やはりご機嫌はよろしくなかったようだ。
私だって認知症になっても、デイサービスには行きたくないだろうな、と思う。大体、母も私も団体行動が嫌いなのだ。
それにしても今まで何度かデイサービスの見学に行ったが、本当に楽しそうにしている人はほとんどいない。
やはり、利用者同士が自主的に話をするのが難しい。だから職員が上手に中に入ってコミュニケーションをサポートすべきなのだろうが、身体介護やお風呂などに忙しく、結局、決められたリクリエーションの時間以外はボーっとしている時間が多くなる。
母はボーっとするのが出来ないので、退屈して、
母にとっては、「なんでこんな所にいなきゃならないの?
家に帰りたい」ということになる。
それは認知症だからデイに行くのが嫌なのか、まともな感覚で嫌なのか。 もうわからないのである。
ただ介護者の事情と、介護者の一抹の期待(色んな人と関わった方が、家で部屋で本を読んだり、同じ人間とばかり話したりするよりいいのではないか?)という一抹の期待から、無理にデイサービスに行ってもらっているだけである。
本当に、嫌がる母をデイに連れてゆく私の心境は、泣き叫ぶ子供を保育所に預ける母親の気持と同じだろう。
「ママ、早く迎えに来て!」
心の中で母はきっとそう叫んでいるに違いない。
母はこの間CTが撮れなかったので行っても。。と思ったが。
先生はあっさり、まあCTも絶対に必要な検査と言うわけじゃないですし。。
この間話したと思うが、結局、認知症の治療は病院というよりは、デイサービスなどの介護が中心になる。。とのことで、特に話すこともなく。。
私は脳に溜まるベータアミロイドを調べる血液検査があるかどうか聞いてみた。 「明日の記憶」の中で主人公が医者に行った時に、そのような検査をした、と書いてあった。 そしてそれがフィクションなのか、本当に今はそんな検査があるのかわからなかったから、気になっていたのだ。
医者曰く: 研究としてはあるかもしれないけど、保険適用外だったり、一般にはやってなかったり。
私: 母は朝が機嫌が悪く、午後や夜はとても機嫌がいいが、どこかで仕入れた情報では、アルツハイマーは夕方や夜が悪くなる。逆に朝悪いのはうつ病らしい。 母が本当にアルツハイマーか? ということは何でわかるのか?
医者:CTやテストなどでも100%わからない。死んだ人の脳を開けてみなければわからないが。。 たとえ他の病気であったとしても、それはあまり重要じゃない。 要はいかに症状に対処するかということ。
アルツハイマーになりやすい遺伝子については、検査できるかもしれないが、その遺伝子を持ってるからといって、絶対になるわけではないし、それで余計に不安になるし。。
そこで私、先日のお金を払ったのに忘れてもう一度払おうとしたことを話してみた。 そのほかにも、やかんでお湯を沸かしていると、いつも忘れることも。。 実は自分もなるのではないか、と心配していること。
そしたら、それは注意力の低下で、アルツハイマーの症状とは全然違う、 と言われた。
どう違うんですか?
アルツハイマーの人は、まず、場所や日にちや時間の感覚がなくなるのが特徴とのこと。
記憶力の低下も、アルツハイマーの人はあまり悩んだりしない。と。
(でもそんなことどうしてわかるの? 初期の頃、本人はすごく悩んでるかもしれないじゃん、 と思う。)
だから、家族さんが気がつかれることが多いんですよね〜。
と、先生。
でも、それってある程度進んだ状態では? 脳細胞もかなり損傷を受けていて。。
もっともっと、初期の症状はないんですか?
医者:。。。。。
それはわからないですね〜。 不可能ですね〜。
やっはり!!
だから、私の失敗だって、アルツハイマーの前兆かもしれないのだ。
実は、今日私がやった失敗は。。
風呂上りにパンツを前後逆に履いてしまった。
あわてて履きなおす。
そしてTシャツを着た。
これも反対だった!!
まあ、Tシャツは今までも何度か前後逆に着ちゃうことはあったけど。。 パンツはさすがに初めてだ。
その他に最近気になることは、時々、蓋を間違えそうになる。 例えば、やかんの蓋を急須にしようとしてみたり、大小が全くちがうものの蓋を間違えそうになるのだ。 勿論、途中で気づくのだが。
とりあえず、こうやって記録をとっておこうと思う。
アルツハイマー病になっていく詳細な過程なんかまだ誰もわかっていないのだ。
私のプログがその解明に役立つ日が来るかもしれないし。
「明日の記憶」が
「明日への記憶」になっていた。
がーん!
誤字脱字は結構、黙認してるんだけど、
本のタイトル間違ってるし。。。
読んでくれてる人は何と思ってたんだろう。。
ボケ決定??
妹に話したら、お姉ちゃん、それ本当にヤバイよ。 医者に診てもらったほうがいいんじゃない? という。
実は去年、急に右手の小指が痺れたとき、病院で脳のCTをとられた。特に脳には異常がない様で、痺れの原因もわからず、結局1−2週間で痺れは治った。
脳のCTで、脳が萎縮してますね。 とかなんとか言われるんじゃないかと思ってた私はちょっとホットしたが、こんなことでアルツハイマー病を早期発見できるとは思えない。
癌と同じようにアルツハイマー病も早期発見されれば、薬も効くだろうし、進行を遅らせる手立ては色々とありそうだ。
しかし、早期発見はむずかしい。
血液検査でわかるわけでもないし、MRI,CT,問診、テストなどで目に見えて分るときには、病気は結構進行していると思われる。 もちろんアルツハイマー病としては、”初期” と、診断されても、それ以前に脳は10年20年、ずっと前から少しづつ少しづつ壊れていっているのだ。
そして症状としては加齢による記憶障害、つまり年をとって、ちょっと記憶が悪くなった、誰にでもあること、と酷似しているため、まさか自分がアルツハイマー病だなんて思わない。
認知症のチェック項目の中に、例えば、
●やる気が出ない。
●今まで好きだった物に対して興味・関心がなくなった。
●服装がだらしなくなった。
●最近の出来事が思い出せない。
●日課をしなくなった。
●身だしなみに気をかけなくなった。
などが書いてあるが、これらはちょっと最近やる気がなくなった、年だし服装も気を使わなくなった、ぐらいで別に病気とは思わない。
家族が気づくはずもない。
●ささいなことで怒りっぽくなった。
●以前よりもひどく疑り深くなった。
などの性格の変化も、なんかイライラするなあ〜、ぐらいで、性格が変わったとは思わない。 変化がひどく顕著だと、もう病気はかなり進んでいる。
●簡単な計算の間違いが多くなった。
●記憶があやふや。
●大切な物をなくしたり、置き忘れたりする。
●水道やガス栓の締め忘れが目立つようになった。
●ものの名前が出てこなくなった。
これらも、ちょっと年とって記憶力が悪くなったぐらいで、片付けてしまうようなことである。
私たちは大体”病気”というのは、身体のどこかが痛くなったり、変調をきたしたときに、病気か?と疑うのであって、やる気が出なかったり、記憶が衰えたぐらいで”病気”なんて思わない。
最近は、認知症・アルツハイマー病も大きく取り上げられて、病気に対する認識も高まったが、母が診断された7−8年前、そんな病気があることを知っていただけで、まさか身内がそんな病気になろうとは想像もしていなかった。
実際、親戚にも認知症になった人はいない。 母の兄は2歳年上で、余り外出もせずTVばかり見ているが、頭はいたって正常、今だに頭脳明晰である。
結局、アルツハイマー病の記憶障害は中年以降に現れる加齢による記憶障害と、当初ほとんど同じで程度の差でしかないので、本当の初期の段階にみつけるのはほとんど不可能と思われる。
だいたい、家族が気づいて、病院に連れていき、アルツハイマー病との診断がくだった時は、症状は大分、進んでしまっている。
家族が「おかしい」と気づいてから医療機関に相談するまでに、約7割の家族が2年以上かかっているらしい。そして、一度診察を受け「大丈夫ですよ」といわれる人も多いのだ。
ちなみに家族が気づいた、認知症の初期の症状と考えられる日常生活の変化が紹介されていた。
http://www.e-65.net/index.html
◎家族が認知症に気づいた変化の発生頻度
(1) 同じことを何度も言ったり聞いたりする (45.7%)
(2) ものの名前が出てこなくなる (34.3%)
(3) 置き忘れやしまい忘れが目立った (28.6%)
(4) 時間や場所の感覚が不確かになった (22.9%)
(5) 病院からもらった薬の管理ができない (14.3%)
(5) 以前はあった関心や興味が失われた (14.3%)
(その他、ガス栓の締め忘れ、計算の間違いが多い、怒りっぽくなった など)
東京都福祉局:高齢者の生活実態及び健康に関する調査専門調査報告書 平成8年9月 より
このような変化に家族が気づいたときに医療機関に相談したり、受診したりした家族は10%以下だったという。
古い記録なので、今だったらもう少し%は上がっているかもしれないが、一人ぐらしのお年よりも多い。家族が気づくのにも時間がかかる。ましてアルツハイマーの人は自覚がないので、本人は気づかない。
実際、うちでも母が何度も同じ事を言って「おかしいな」とは思っていた。 10年ほど前である。 その当時はまだ、介護保険制度もなく、近くにデイケアのようなリクレーションにお金を払えば参加できる施設があり、母に通わせることにした。 歩いて20分程のところを母は何度か通い、すごく楽しかったようだが、ある日お金がかかることを発見し、行かなくなった。
その施設を利用するとき、病院も併設されていて、簡単な問診的な痴呆の検査もあったのだが、母は”正常”と診断され、こちらも安心した。
結局、母がアルツハイマーと診断されたのは、それから2年も経っていない。 あの時の診断は一体何だったんだ? と思ってしまう。
しかし実際、デイでも、職員さんが他の利用者は母が認知症であるとは思っていない、と言っていた。 周りの人にはちょっと気分の移り変わりの激しい頑固ババアぐらいに思われているのだろう。
もちろんアルツハイマー病には通常のボケとは違った症状もある。
見当識障害と呼ばれる、道・場所がわからなくなったり、日時・時間・季節などがわからなくなったりするもの。
また、物取られ妄想や、いない人がいるように見えたり、アルツハイマー特有の症状はいくつかあり、「普通の物忘れとの違い」などで必ず書いてある項目があるが、問題はそのような特有の症状が現れる頃には、すでに病気は始まっていて、進行している途中だということだ。
MRIにも映らないほど初期に発見する手立てを早く見つけて欲しい、を思う。
とにかく、一度やはり脳のMRI撮っておこうかな?
MRIで発見されたら、もう進んでるってことだよな。。。
遺伝の可能性もあるし。。
でも発見されなくても安心できないし。。。
とりあえず、イチョウ葉・DHA・ビタミンEのサプリ飲まなければ。。
なんか母の話か私の話かわからなくなってきた。
食べるものって、それぞれの家庭によって全然違うんだろうな、と思う。
スーパーのレジで並んでいるとき、他の人の買い物かごなどを盗み見すると、うちとは全然違う食材が入っている。
小さい頃から和食より洋食の方が好きだった。 だから、朝食にご飯なんてほとんど食べない。
一度、健康のため、と思い、朝食にご飯と納豆をやってみたが、すぐやめてしまった。
私は卵(特に半熟卵)が嫌いなので、朝食はトーストにジャムぐらいなのだが、パンも色々な添加物が入っている。 イーストフードとか乳化剤とか、その他諸々。。 最近、パン袋の裏の原材料を読んでいたら、ほとんどのパンが買えなくなってしまう。
去年、近くでやってた健康についてのお話で、イーストフードがなんか良くないと聞いてから、いくら食パンがスーパーで特売で100円で売られていようと、半額になっていようと、それには目もくれず、とにかく、イーストフードの入っていないものを買うようになった。
と言っても、それまでにもうすでにかなりの量のイーストフード消費しているのだが。。
しかし気になりだすと、イーストフードだけでなく、食パンの裏にはわけのわからない添加物の名前がいっぱい書いてある。 デキストリンって何? ショートニングもあまり良くなさそう?
とは言っても買わないわけにはいかないので、イーストフードを極力避けて買うようにしている。
ちなみに、ヤマザキのパンにはほとんどイーストフードが入っているように思う。
しかし現代人は一日にかなりの量の食品添加物を摂取しているらしいが、見たら何にでも添加物が。。。 お菓子、ラーメン、ペットボトルのドリンク、 お惣菜、etc. etc...
添加物って知らない間に、こうやって私たちの体内に入り込んでいたんだ。
やはり、加工食品でなく、自分で手作りのご飯が一番いい、というのも納得。
と、言うことで朝食に戻るが、わが家では最近はなるべく、特に母には、パンケーキを食べさせるようにしている。
母の便秘の話は以前書いたが、便秘解消にと思い、サツマイモとバナナを入れる。 サツマイモはレンジでチンして潰す。 バナナはただ切ってフライパンに入れる。 最近は、干しぶどうも入れたり、ゴマなんかも入れたりしてみてる。 リンゴを入れるときもある。
今日はサツマイモがなかったので、バナナ、リンゴ、干しぶどう、ゴマ、ヨーグルトだった。
母も喜んで食べてくれる。
ちなみに、市販のパンケーキミックスは使わない。 甘いし、ベーキングパウダーが入ってる。 ベーキングパウダーにはアルミが含まれていると聞いたので、毎日食べるものには入れないようにしている。
使っている小麦粉は国産品。 輸入小麦粉はなんか入っているらしく、気持ち悪い。
最近、サツマイモが高くて買えなくて、朝のパンケーキに入れてないせいか、母、また便秘気味なようだ。
しかし人間の金銭感覚っておかしいものだ。スタバのフラペチーノには450円ぐらい払ってるし、ワインは2000円でも買ってるのに、1本2−300百円のサツマイモが高くて買えないんだから。
ケチケチせずに、今日はサツマイモ、買ってくるぞー!
昨日は母はデイサービス、私は京都の嵐山にスケッチに行った。
休みがちで全然行ってなかった絵の教室のスケッチ会に参加したのだ。
初めて水彩でスケッチした。 下手だったけど、なんかすごく楽しかった。
嵐山の風景を撮って、このプログにもアップしようと思っていたのに、デジカメ、電池切れで全く写真撮れず、残念!
スケッチをしていると、おじさんが、
ちょっと見せてくださーい。 と寄ってきた。
ダ、ダメです。 まだ描いてないし、、あの、あっちの方でもっと上手い人とかがスケッチしてますから〜。
いきなり、ダメです。 って言われて、おじさんもびっくり。
雨が降ったり止んだりのあいにくの天気だったが、雨の風景も悪くない。
母はデイで、妹が晩ご飯係り。 11PM頃、家に帰ると、妹、ソファでグーグー寝てる。母、部屋で電気つけてボーっとしてる。 最近、妹の当番の時はいつもこのパターン。
思わず、もっとちゃんとやってよ!って妹に言ってしまった。
それはそうと、今、母が行っているデイサービスは3番目の所だ。
先日デイサービスのことを書いたとき、雑誌に載ってた所に電話をすることにした。 とまで描いたが、結局、そこに電話をすると、実はその雑誌に載ってた小規模(11人ぐらい)でリクレーション充実のデイと同じコンセプトで始めたばかりのデイサービスが、家の近所にあるとのこと。 ラッキー! と思い、見学に行き、即決した。
10人ほどの民家でやってる小さいところだが、午前中は雨以外はほとんどいつも外出してくれるし、午後はリクレーション・体操と充実している。 2番目のところは3時ごろまでだったが、5時ごろまでやっている。
そこに母はもう2年ほど通っている。
結局、そのデイサービスも色々と問題があるのだが、それについては長くなるので次回に詳しく書こうと思う。
今日は母といつものように買い物に行き、母はまた私が服とか試着してる間、辛抱強く待っていてくれた。
実は、今日、ファーストフード店で母にはアイスクリーム、私にはドリンクを注文した時、レジで、そうそうお金払わなきゃ、と思って、お金を出そうしたら、店員さんに、
さっき、頂きましたよ。って言われてしまった!
や ・ ば ・ い
最近、毎日少しでも母と一緒に歌を歌うようにしているが、それって私にも効くかな? と本気で心配になる。
お金頂きましたよ。 って言われたとき、母の気持ちがほんの少しだけ、わかったような気になった。
「明日の記憶」でもそうだったが、本当に記憶を失うことの恐ろしさを、垣間見たような気がした。
今度、タイトルを変えるときは、「私の若年性アルツハイマー実録日記」 になっているかも。
「明日の記憶」 を読み終えた。 300ページは結構、長かったが、引き込まれるように読んだので、すぐに読めた。
映画は見てないけど。。
それにしても、著者の荻原 浩氏はすごいと思う。 自分がアルツハイマー病でもないのに、50歳で若年性アルツハイマーになった主人公の心の描写が細かく描かれている。
アマゾンのレビューを見てみると、怖い、恐ろしい、とコメントしてる人が多かったけど、実際、その怖くて恐ろしい病気になる人は大勢いるのだ。
数字を見て驚いた。
ネットで調べてみると、日本のアルツハイマー患者の数に大きな開きがある。 最も少なく、30万人以上と書いているところから、最大で140万人というところまである。 多くは60−70万人となっている。
認知症患者の数は120万から150万人の間だったが、その中のアルツハイマーの割合が4分の1というところから、半分となっているところまで色々なデータがある。
いずれにしても、これは現在の患者数で、今後はどんどん増えていくようだ。
日本では2020年に300万人(認知症全体)と推定されている。
世界的の認知症患者数は。。
現在 2430万人
2020年 4230万人
2040年 8110万人
北米 (アメリカ・カナダ)では。。
現在 450万人
2050年 1400万人
☆現在、米では75歳で人口比の15−20%。 85歳で30−40%。
☆2025年には、米の65歳以上の約6割、認知症。
☆患者数は女性が男性の約2倍と多い。
自分が女で80歳以上になったら、2人で1人以上の割合になる。



