日曜日の「情熱大国」という番組で若年性アルツハイマーの男性が紹介されていた。 名前は忘れたが、その方は40代後半で診断され、それから17年。2年前から、カミングアウトしてあちらこちらで講演されているとのこと。
講演では書いたものを、出にくい言葉を出しながら、必死に読んでる姿が印象的だった。
そのような知的活動をしておられるせいか、医者いわく、「進行は極めて遅い」と。 しかし、子供の名前もつたなく、電話の使い方もわからない。 取り込んだ洗濯物を畳むのではなく、家の中のどこかに吊るしているのを見て、「母と同じだ。」と、思った。
でも、いつもニコニコ笑顔で明るい。
奥さんがすごい。
いつも明るく接している。
もちろん、現在、家計を支えているのは奥さんである。
思い出づくりに、夫婦で時々旅行に行くという。
それは、この病気を抱えながらでも、毎日、楽しく、幸せに暮らして行けるということ。
しかし、この17年間、色々な葛藤を乗り越えられてきたのだろうな、と想像してしまう。
17年という歳月を乗り越えて、今、幸せに明るく暮らしておられるのだろう。
TV取材中、「覚えてないな〜」 「忘れましたね」と、笑顔で言う本人は辛くないのだろうか? と、思ってしまう。
どんな偉い先生方の講演よりも、一つ一つの言葉が心に響いた。
家族も大変だが、本人も日々葛藤の連続だ。
せめて、周りができることは、笑顔でいること。
あ〜、言うのは簡単だが、なかなかできない。
講演では書いたものを、出にくい言葉を出しながら、必死に読んでる姿が印象的だった。
そのような知的活動をしておられるせいか、医者いわく、「進行は極めて遅い」と。 しかし、子供の名前もつたなく、電話の使い方もわからない。 取り込んだ洗濯物を畳むのではなく、家の中のどこかに吊るしているのを見て、「母と同じだ。」と、思った。
でも、いつもニコニコ笑顔で明るい。
奥さんがすごい。
いつも明るく接している。
もちろん、現在、家計を支えているのは奥さんである。
思い出づくりに、夫婦で時々旅行に行くという。
それは、この病気を抱えながらでも、毎日、楽しく、幸せに暮らして行けるということ。
しかし、この17年間、色々な葛藤を乗り越えられてきたのだろうな、と想像してしまう。
17年という歳月を乗り越えて、今、幸せに明るく暮らしておられるのだろう。
TV取材中、「覚えてないな〜」 「忘れましたね」と、笑顔で言う本人は辛くないのだろうか? と、思ってしまう。
どんな偉い先生方の講演よりも、一つ一つの言葉が心に響いた。
家族も大変だが、本人も日々葛藤の連続だ。
せめて、周りができることは、笑顔でいること。
あ〜、言うのは簡単だが、なかなかできない。
今日、見学したデイサービスは「家族の会」の方に勧めて頂いた所。
以前は私の市にも送迎が来ていたようだが、4年ほど前に利用者がなくなったので、もう送迎はしていないとのことで、車で行った。
電話で話した時は、母のデイサービスいやいや病を伝えると、たぶん無理だろう。とのことだったので、私も遠いし、見学もやめておこうかな? と思ったが、ダメもとで行ってみることにした。
いつも母と車で出かけるので、出かける場所ができたぐらいの気持ちで出かけた。
案の定、朝、機嫌の悪い母は、どこにも行きません! と言って、部屋に引きこもってしまった。
しかし、15分もすると、そうね。それがいいね。出かけましょうか。。 と、コロッと変っていた。
車を飛ばすこと小一時間。 もう11時15分頃だ。
担当の方と話していたら、やはり、帰ろう! と言って、歩行器でどんどん歩いていってしまった。
だた、そこは隣が特養で、廊下でつながっているので、職員さんが付いて、特養を一周してきてまた席についた。
また、少しして、同じことの繰り返し。
これで結構、運動になるな〜。
やはり午前中はお風呂があるので、みなさん、雑誌を読んで過ごしている。
今日は利用者が急に減ったとのことで、利用者は6人ぐらい。
お昼になったので、私たちは外に食べに出た。
やはり、母は注文した焼き魚定食をほとんど食べないでいじくり回している。 お味噌汁も飲まない。
昨日の蕎麦屋の蕎麦はおいしかったので、喜んで食べたが、今日のファミレスの味はいまいちな様だ。
トイレに連れて行っても、こんなん濡れるからできない。 と、トイレをしようとしない母にだんだん苛立ちがつのる。
母に辛く当たり、こっちも無視して、さっさとレストランを出た。
母は後から、ヨタヨタとついてくる。
レクは1時半からとのことだったが、15分以上遅れて戻った。
今日は天気がいいので、特養の外の小さな公園でボール遊び。
母も楽しそうにボールを投げている。
私と担当の人はだいぶ離れたところから見ていたが、しばらくすると、やはり、一人で車椅子を押して、一人でどこかに行こうとする。
しかし、担当者は認知症にかなり手馴れているようで、全て予測済み。
公園の出口には鍵がかかっていた。 母、鍵かかってる。。。
職員さんが、ころあいを見計らって、母を再びボール遊びへ誘導。
また、楽しそうにやっている。
その後は、部屋に戻り、担当の方が母と話をしてくれ、それがとても面白かったらしく、母はニコニコ笑って、上機嫌。
あっという間に3時になり帰る時間。
機嫌の良いのは、帰りによったファミレスでも持続し、帰りたいとも言わず、私の分のケーキまでほとんど食べた。
私の事前の話で職員さんは、母がとても手ごわい相手だと思っていたようだが、「全然、思ったほどではなかった」と言われた。
認知症のプロである。
ただ、今回の参加時間は短かったので、丸1日となると、どうなることやら。。
しかし、認知症のプロに母を見てもらえるのは有難い。
全然、対応の仕方が違うのだ。
家に帰って、今日は遠いところまで行って、楽しい男の人と話したね。と、母に言うと、「遠いとこまで、行ってないよ」とのこと。
ただ、楽しかったことは記憶に残っているようで、夜も機嫌が良い。
行くとしたら、私が往復2時間、送り迎えして、むこうのファミレスで1日時間つぶしかな〜。
今まで読めなかった本、いっぱい読めそうだが、ファミレスにそんなに居座る勇気が。。。
うーん。 どうしようか?
とにかく、もっと色々見学しよう。
以前は私の市にも送迎が来ていたようだが、4年ほど前に利用者がなくなったので、もう送迎はしていないとのことで、車で行った。
電話で話した時は、母のデイサービスいやいや病を伝えると、たぶん無理だろう。とのことだったので、私も遠いし、見学もやめておこうかな? と思ったが、ダメもとで行ってみることにした。
いつも母と車で出かけるので、出かける場所ができたぐらいの気持ちで出かけた。
案の定、朝、機嫌の悪い母は、どこにも行きません! と言って、部屋に引きこもってしまった。
しかし、15分もすると、そうね。それがいいね。出かけましょうか。。 と、コロッと変っていた。
車を飛ばすこと小一時間。 もう11時15分頃だ。
担当の方と話していたら、やはり、帰ろう! と言って、歩行器でどんどん歩いていってしまった。
だた、そこは隣が特養で、廊下でつながっているので、職員さんが付いて、特養を一周してきてまた席についた。
また、少しして、同じことの繰り返し。
これで結構、運動になるな〜。
やはり午前中はお風呂があるので、みなさん、雑誌を読んで過ごしている。
今日は利用者が急に減ったとのことで、利用者は6人ぐらい。
お昼になったので、私たちは外に食べに出た。
やはり、母は注文した焼き魚定食をほとんど食べないでいじくり回している。 お味噌汁も飲まない。
昨日の蕎麦屋の蕎麦はおいしかったので、喜んで食べたが、今日のファミレスの味はいまいちな様だ。
トイレに連れて行っても、こんなん濡れるからできない。 と、トイレをしようとしない母にだんだん苛立ちがつのる。
母に辛く当たり、こっちも無視して、さっさとレストランを出た。
母は後から、ヨタヨタとついてくる。
レクは1時半からとのことだったが、15分以上遅れて戻った。
今日は天気がいいので、特養の外の小さな公園でボール遊び。
母も楽しそうにボールを投げている。
私と担当の人はだいぶ離れたところから見ていたが、しばらくすると、やはり、一人で車椅子を押して、一人でどこかに行こうとする。
しかし、担当者は認知症にかなり手馴れているようで、全て予測済み。
公園の出口には鍵がかかっていた。 母、鍵かかってる。。。
職員さんが、ころあいを見計らって、母を再びボール遊びへ誘導。
また、楽しそうにやっている。
その後は、部屋に戻り、担当の方が母と話をしてくれ、それがとても面白かったらしく、母はニコニコ笑って、上機嫌。
あっという間に3時になり帰る時間。
機嫌の良いのは、帰りによったファミレスでも持続し、帰りたいとも言わず、私の分のケーキまでほとんど食べた。
私の事前の話で職員さんは、母がとても手ごわい相手だと思っていたようだが、「全然、思ったほどではなかった」と言われた。
認知症のプロである。
ただ、今回の参加時間は短かったので、丸1日となると、どうなることやら。。
しかし、認知症のプロに母を見てもらえるのは有難い。
全然、対応の仕方が違うのだ。
家に帰って、今日は遠いところまで行って、楽しい男の人と話したね。と、母に言うと、「遠いとこまで、行ってないよ」とのこと。
ただ、楽しかったことは記憶に残っているようで、夜も機嫌が良い。
行くとしたら、私が往復2時間、送り迎えして、むこうのファミレスで1日時間つぶしかな〜。
今まで読めなかった本、いっぱい読めそうだが、ファミレスにそんなに居座る勇気が。。。
うーん。 どうしようか?
とにかく、もっと色々見学しよう。
水曜日の見学に続き、今日も違うデイサービスを見学した。
特養なども併設している結構、大きいところである。
10時半ぐらいに到着。
職員さんから、レクレーションに力を入れているとの説明あり。
午前中は入浴中心で、利用者は各自塗り絵をしたり、簡単なドリルなどをやっている。男性の利用者は1つのテーブルに固まっていた。 5−6人か? やはり、男性の席では、話もしていなければ、塗り絵やドリルもしていない。うとうとしている人や、じーっとしてる人。
本当に男性は大変だな〜。
オスの習性か、仕事でもなければ、男性同士で会話を楽しむなんてことはないのだろう。
その点、女性はコミュニケーション力がある。 隣の人とおしゃべりしている人もいる。
やはり介護度は2程度の低い人が多いようだ。
30人強の利用者だったが、車椅子の人は3−4人だったと思う。
母も塗りえをもらい、私が横について、この色塗ったら? とか指示して、結構、早く2枚の塗り絵を完成。 その後は、雑誌などの文字を追いかけていた。
30分ぐらいで昼食になったので、私たちは12時前に外に出て、ランチを食べに行き、1時過ぎに戻った。
さっきまで結構、機嫌のよかった母は、施設に入ると顔がこわばっている。 昼食の後のだんらんのひと時で、みなさん、ゆったりと席に座っている。 男性の介護職員さんが、ピアノを練習しているらしく、母も知っている、秋の夕日に〜。 などの曲が流れてくるが、家で喜んで歌う母の表情は固く、不安な顔つきである。
レクレーションが始まるのは1時半からとのこと。
まだ、20分以上ある。
不安が募ってきた母に、持って行ってた音読の紙を渡すと、見てはいたが、気乗りしない様子。
案の定、帰ろ、帰ろ、と言い出した。
このような場所がよほど嫌いな様子だ。
以前の嫌な記憶が蘇ってくるのか?
母曰く、「ここの人はみんなダメ」 だそうだ。
「何もできない人たちよ」とも言っていた。
母よりはずっと、色々できる人たちなのだが。。
この間のデイでは、「みんなお年寄りばっかりやね〜」、とも言っていた。
母は私がまた、このような所に母を置いていくのではないか?と、明らかに不安なようだ。
母が帰りたがったので、結局、レクレーションを見ることもなく、その施設を後にした。
レクレーションの内容を聞くと、みんなでちぎり絵をするそうだ。
母には無理だと思う。
わたしはやりません! 結構です! というのが、目に見えている。
考えたら、4−5年前には母もそのようなレクレーションもある程度やっていたようだが、今はもう、できないほど進んでしまったのだろう。
個別についてやってもらえば、母にもまだできることはあるのだろうが、3−40人の人が集まる施設では、団体行動が基本なので、母にはもう無理なような気がする。
不安が募って血圧が上がったり、病気が進行するほうが怖い。
今、家では落ち着いているので、やはり行かなくてもいいのかも知れない、と、またどうどうめぐりになっている。
6時間ほどのサービスを提供するデイサービスだが、どの施設もレクレーションは1時間程度。 あとは、入浴、食事、おやつの時間だが、食事だって30分もあれば食べ終わる。 結構、ボーっとしている時間が長いのだ。 この間の施設でも、こちらでも、母だけでなく、1−2人の利用者が、途中で家に帰りたがっていた。
どの施設も年に2回ほど、春と秋に外に出るらしいが、その他はずっと施設の中。結局、家族がその間に休息するために、みんなデイに行く。
もちろん、他の人ともおしゃべりしたり、レクレーションに積極的に参加できる人にはメリットがある。
しかし、ほとんどの男性利用者や母(考えてみれば母の性格はかなり男っぽい)のような人にとっては、とても利用しにくい場所になっているのだ。
結局、デイサービスに行っても、病気の進行を止めることはできない。この5年間、デイに週4−3日行っていた母の症状は確実に進行しているのだから。。 むしろ家ではしたことのない失禁をデイで何度かしたことがあった。
3年近く、母は疎外感を持ちながらその施設を利用させられていた。
その記憶は深く染み付いていて、なかなか消すことは難しそうだ。
今日の見学で私も疲れて、いつもなら車でどこかに出かけるところ、まだ1時過ぎだというのに、そくささと家に帰ってきた。 頭の芯がボーっとする。 こっちもデイサービス疲れである。
特養なども併設している結構、大きいところである。
10時半ぐらいに到着。
職員さんから、レクレーションに力を入れているとの説明あり。
午前中は入浴中心で、利用者は各自塗り絵をしたり、簡単なドリルなどをやっている。男性の利用者は1つのテーブルに固まっていた。 5−6人か? やはり、男性の席では、話もしていなければ、塗り絵やドリルもしていない。うとうとしている人や、じーっとしてる人。
本当に男性は大変だな〜。
オスの習性か、仕事でもなければ、男性同士で会話を楽しむなんてことはないのだろう。
その点、女性はコミュニケーション力がある。 隣の人とおしゃべりしている人もいる。
やはり介護度は2程度の低い人が多いようだ。
30人強の利用者だったが、車椅子の人は3−4人だったと思う。
母も塗りえをもらい、私が横について、この色塗ったら? とか指示して、結構、早く2枚の塗り絵を完成。 その後は、雑誌などの文字を追いかけていた。
30分ぐらいで昼食になったので、私たちは12時前に外に出て、ランチを食べに行き、1時過ぎに戻った。
さっきまで結構、機嫌のよかった母は、施設に入ると顔がこわばっている。 昼食の後のだんらんのひと時で、みなさん、ゆったりと席に座っている。 男性の介護職員さんが、ピアノを練習しているらしく、母も知っている、秋の夕日に〜。 などの曲が流れてくるが、家で喜んで歌う母の表情は固く、不安な顔つきである。
レクレーションが始まるのは1時半からとのこと。
まだ、20分以上ある。
不安が募ってきた母に、持って行ってた音読の紙を渡すと、見てはいたが、気乗りしない様子。
案の定、帰ろ、帰ろ、と言い出した。
このような場所がよほど嫌いな様子だ。
以前の嫌な記憶が蘇ってくるのか?
母曰く、「ここの人はみんなダメ」 だそうだ。
「何もできない人たちよ」とも言っていた。
母よりはずっと、色々できる人たちなのだが。。
この間のデイでは、「みんなお年寄りばっかりやね〜」、とも言っていた。
母は私がまた、このような所に母を置いていくのではないか?と、明らかに不安なようだ。
母が帰りたがったので、結局、レクレーションを見ることもなく、その施設を後にした。
レクレーションの内容を聞くと、みんなでちぎり絵をするそうだ。
母には無理だと思う。
わたしはやりません! 結構です! というのが、目に見えている。
考えたら、4−5年前には母もそのようなレクレーションもある程度やっていたようだが、今はもう、できないほど進んでしまったのだろう。
個別についてやってもらえば、母にもまだできることはあるのだろうが、3−40人の人が集まる施設では、団体行動が基本なので、母にはもう無理なような気がする。
不安が募って血圧が上がったり、病気が進行するほうが怖い。
今、家では落ち着いているので、やはり行かなくてもいいのかも知れない、と、またどうどうめぐりになっている。
6時間ほどのサービスを提供するデイサービスだが、どの施設もレクレーションは1時間程度。 あとは、入浴、食事、おやつの時間だが、食事だって30分もあれば食べ終わる。 結構、ボーっとしている時間が長いのだ。 この間の施設でも、こちらでも、母だけでなく、1−2人の利用者が、途中で家に帰りたがっていた。
どの施設も年に2回ほど、春と秋に外に出るらしいが、その他はずっと施設の中。結局、家族がその間に休息するために、みんなデイに行く。
もちろん、他の人ともおしゃべりしたり、レクレーションに積極的に参加できる人にはメリットがある。
しかし、ほとんどの男性利用者や母(考えてみれば母の性格はかなり男っぽい)のような人にとっては、とても利用しにくい場所になっているのだ。
結局、デイサービスに行っても、病気の進行を止めることはできない。この5年間、デイに週4−3日行っていた母の症状は確実に進行しているのだから。。 むしろ家ではしたことのない失禁をデイで何度かしたことがあった。
3年近く、母は疎外感を持ちながらその施設を利用させられていた。
その記憶は深く染み付いていて、なかなか消すことは難しそうだ。
今日の見学で私も疲れて、いつもなら車でどこかに出かけるところ、まだ1時過ぎだというのに、そくささと家に帰ってきた。 頭の芯がボーっとする。 こっちもデイサービス疲れである。
8月初めに以前通っていたデイサービスを辞めてから、2ヶ月半。
母は落ち着いているので、無理に行く必要もないのだが、家族の会に人に、デイサービスを行かせるべき、と言われた言葉が気になっている。
母は外に出ると、スーパーのレジのおばさんに必ず話しかける。
母も家族だけじゃなく、他人とコミュニケーションを取りたがってるのだと思う。
で、今日、デイサービスの体験に行ってみた。
11時過ぎに迎えに来てもらい、2時ぐらいまで、とのことだった。
迎えの車は道に迷い遅れたので、デイに到着したのは12時前。
私は自分の車で1−2分遅れて到着。
着くと、母はものすごく怖い顔をして、席に座ろうともせず立ったまま。 職員さん2人がその横で呆然としている。
今、血圧を測ったら、198あったと言われた。
母は私の顔を見るとちょっと、ほっとしたようだった。
すぐにご飯になった。
家で食事を半分ぐらい残す母は、トレイの上のご飯を全て完食。
味噌汁は家ではほとんど食べない。 食べても汁は飲まない。
それが、普通に汁まで完食したのには驚いた。
食後は、たぶん飲めないだろう、と思って持ってきたサプリメント5個を、自分で初め3個一気飲みして、びっくり。 後2個も一気飲みしそうだったので、一つづつ、飲ませた。 水もぐいぐい飲む。
体操はやっぱり一人だとしていない。
私が横に行くと、元気よく始めた。
しかしデイサービスもいい加減だ。
リクレーションは歌だったが、お姉さんが歌の一番を黒板に書き始める。 それに結構時間がかかる。 そんなん、模造紙かなんかに書いて用意したのを使えよ! って思うが、時間つぶしなのか。。
結局、一曲(一番だけ)書いて、一回歌いを、4回やっただけ。
その後、2時なのにもう、お菓子の時間。
スーパーで売ってる安物のクッキー一枚と安物の小さいあられのようなもの3個に飲みもの。
その後は、塗り絵や手を使うことをする、とおっしゃっていたが、始まる気配はなし。
利用者は30名ぐらいで、男の人は7−8人。 この人たちはほとんど、しゃべりもしないし、ブスッとして、ソファに座ったり、TVを見たりで一日を過ごしているようだ。 後は女の人だが、車椅子の人は1−2人で、杖の人も数人。ほとんどが、身体は元気そうな人たちばかり。隣のテーブルの女の人たちはおしゃべりも弾み、とてもまともそうな人ばかりで、食後は職員さんが、洗ったお皿を拭いてもらうのに持ってくる。 見てたら、そのテーブルに4回ぐらい持ってきていた。
私は衛生的なこともあるし、(手を洗ってやってるの? コップ鷲づかみにしてるけど。。)、こんなんでいいのかな〜? と思う。
勿論、お皿を拭くこともアクティビティの一つとしていいことだとは思うが、明らかに手を洗ってからやってるわけでもないし。。
そう私は結構、潔癖症で、ばい菌が怖い。 電車ではつり革を持てない人なのだ。
帰りは送ってもらわず、車で帰ることにしたので、結局3時ごろまで見学したが、若い職員さんたちばかりで、みんな忙しそうで、明らかに利用者に目が行き届いているようには見えなかった。
他のテーブルで利用者と一緒にご飯を食べてる時も、職員はだまったまま、だった。
帰りだけは、営業なのか、4−5人が出てきて、挨拶された。
このデイにはたぶん行かないと思う。
まあ、デイサービスってこんなもんと言われれば、こんなもんかもしれない。 多くの人は、お風呂に入れてもらい、食事つきで、家族がいなくて時間を潰せる場所、ということで満足しているのだろう。
母はお風呂も入らないし、自分から積極的に他人と話せるわけでもないから、レクレーションや職員さんの対応がとても重要になってくる。
でも私にとって見学は色々と面白いし、勉強になる。
金曜日は、別のところを予約している。
母は落ち着いているので、無理に行く必要もないのだが、家族の会に人に、デイサービスを行かせるべき、と言われた言葉が気になっている。
母は外に出ると、スーパーのレジのおばさんに必ず話しかける。
母も家族だけじゃなく、他人とコミュニケーションを取りたがってるのだと思う。
で、今日、デイサービスの体験に行ってみた。
11時過ぎに迎えに来てもらい、2時ぐらいまで、とのことだった。
迎えの車は道に迷い遅れたので、デイに到着したのは12時前。
私は自分の車で1−2分遅れて到着。
着くと、母はものすごく怖い顔をして、席に座ろうともせず立ったまま。 職員さん2人がその横で呆然としている。
今、血圧を測ったら、198あったと言われた。
母は私の顔を見るとちょっと、ほっとしたようだった。
すぐにご飯になった。
家で食事を半分ぐらい残す母は、トレイの上のご飯を全て完食。
味噌汁は家ではほとんど食べない。 食べても汁は飲まない。
それが、普通に汁まで完食したのには驚いた。
食後は、たぶん飲めないだろう、と思って持ってきたサプリメント5個を、自分で初め3個一気飲みして、びっくり。 後2個も一気飲みしそうだったので、一つづつ、飲ませた。 水もぐいぐい飲む。
体操はやっぱり一人だとしていない。
私が横に行くと、元気よく始めた。
しかしデイサービスもいい加減だ。
リクレーションは歌だったが、お姉さんが歌の一番を黒板に書き始める。 それに結構時間がかかる。 そんなん、模造紙かなんかに書いて用意したのを使えよ! って思うが、時間つぶしなのか。。
結局、一曲(一番だけ)書いて、一回歌いを、4回やっただけ。
その後、2時なのにもう、お菓子の時間。
スーパーで売ってる安物のクッキー一枚と安物の小さいあられのようなもの3個に飲みもの。
その後は、塗り絵や手を使うことをする、とおっしゃっていたが、始まる気配はなし。
利用者は30名ぐらいで、男の人は7−8人。 この人たちはほとんど、しゃべりもしないし、ブスッとして、ソファに座ったり、TVを見たりで一日を過ごしているようだ。 後は女の人だが、車椅子の人は1−2人で、杖の人も数人。ほとんどが、身体は元気そうな人たちばかり。隣のテーブルの女の人たちはおしゃべりも弾み、とてもまともそうな人ばかりで、食後は職員さんが、洗ったお皿を拭いてもらうのに持ってくる。 見てたら、そのテーブルに4回ぐらい持ってきていた。
私は衛生的なこともあるし、(手を洗ってやってるの? コップ鷲づかみにしてるけど。。)、こんなんでいいのかな〜? と思う。
勿論、お皿を拭くこともアクティビティの一つとしていいことだとは思うが、明らかに手を洗ってからやってるわけでもないし。。
そう私は結構、潔癖症で、ばい菌が怖い。 電車ではつり革を持てない人なのだ。
帰りは送ってもらわず、車で帰ることにしたので、結局3時ごろまで見学したが、若い職員さんたちばかりで、みんな忙しそうで、明らかに利用者に目が行き届いているようには見えなかった。
他のテーブルで利用者と一緒にご飯を食べてる時も、職員はだまったまま、だった。
帰りだけは、営業なのか、4−5人が出てきて、挨拶された。
このデイにはたぶん行かないと思う。
まあ、デイサービスってこんなもんと言われれば、こんなもんかもしれない。 多くの人は、お風呂に入れてもらい、食事つきで、家族がいなくて時間を潰せる場所、ということで満足しているのだろう。
母はお風呂も入らないし、自分から積極的に他人と話せるわけでもないから、レクレーションや職員さんの対応がとても重要になってくる。
でも私にとって見学は色々と面白いし、勉強になる。
金曜日は、別のところを予約している。
介護のプロ? って言われたら、誰を想像するだろう。
普通は介護施設で働いている人たちのことだろう。
しかし今日私が、目の当たりにしたアルツハイマーの介護プロは、普通のおばさんたち。 身内を長年介護してきた、別にヘルパーの資格も持っていないおばさんたちである。
今日は朝から、「家族の会」の「宅老」という、グループでの介護相談に母と一緒に出かけた。特に相談することもなかったが、母を連れて行けるというので、最近、家族としか話していない母に、他の人とも少しは交わって欲しくて、参加してみた。
到着した時、母の表情は硬く、ここ、どこ? もう、帰ろう! という。
しかし、隣に座った97歳の実母を介護されてる76歳のおばあちゃん、母に話しかける。その方の対応がとてもうまく、母はとても楽しそうに笑っている。
その方が、途中で帰られてからは、もう一人の70代のおば様が、母をみてくれた。 その人は本当にプロ中のプロだった。
母が何を言っても、受け答えがすごくうまいのだ。
母はとても楽しそうに、お話したり、歌を歌ったりしている。
ヘルパーの資格も持っておられないとのこと。
だた、もう亡くなった実母を数年介護されていたとのことだ。
結局、すぐに帰りたいと言っていた母は、2時間も機嫌よくそこに居て、帰るときには、元気よく、「また、よろしくお願いします!」と言ったのだ。
いつもは朝が遅く、12時ごろ起床して、出かけるのも夕方だったが、今日は朝から、いい刺激をもらったせいで、母は一日中機嫌よく、笑顔も多かった。
最近の「無視」も今日はなく、ちゃんとした反応が返ってくる。
おそるべし、介護のプロ。
だから、今、身内の介護で苦労されてる人たちは、自分が気づいていなくても、テストで資格を取って、介護施設で働きはじめた人たちの数倍も介護のプロなのだ。
この介護パワー、なんとか生かせないのかな〜。
普通は介護施設で働いている人たちのことだろう。
しかし今日私が、目の当たりにしたアルツハイマーの介護プロは、普通のおばさんたち。 身内を長年介護してきた、別にヘルパーの資格も持っていないおばさんたちである。
今日は朝から、「家族の会」の「宅老」という、グループでの介護相談に母と一緒に出かけた。特に相談することもなかったが、母を連れて行けるというので、最近、家族としか話していない母に、他の人とも少しは交わって欲しくて、参加してみた。
到着した時、母の表情は硬く、ここ、どこ? もう、帰ろう! という。
しかし、隣に座った97歳の実母を介護されてる76歳のおばあちゃん、母に話しかける。その方の対応がとてもうまく、母はとても楽しそうに笑っている。
その方が、途中で帰られてからは、もう一人の70代のおば様が、母をみてくれた。 その人は本当にプロ中のプロだった。
母が何を言っても、受け答えがすごくうまいのだ。
母はとても楽しそうに、お話したり、歌を歌ったりしている。
ヘルパーの資格も持っておられないとのこと。
だた、もう亡くなった実母を数年介護されていたとのことだ。
結局、すぐに帰りたいと言っていた母は、2時間も機嫌よくそこに居て、帰るときには、元気よく、「また、よろしくお願いします!」と言ったのだ。
いつもは朝が遅く、12時ごろ起床して、出かけるのも夕方だったが、今日は朝から、いい刺激をもらったせいで、母は一日中機嫌よく、笑顔も多かった。
最近の「無視」も今日はなく、ちゃんとした反応が返ってくる。
おそるべし、介護のプロ。
だから、今、身内の介護で苦労されてる人たちは、自分が気づいていなくても、テストで資格を取って、介護施設で働きはじめた人たちの数倍も介護のプロなのだ。
この介護パワー、なんとか生かせないのかな〜。
母は最近、よく私たちの言うことを無視する。
こっちが何か言っても、全く返事をしてこない。
聞こえていないのか?
理解できないのか?
わざとなのか?
わからない。
返事をするときは、わかりません、という返事が多い。
これ飲んでね?
・・・・無視
これ食べてね?
・・・・無視
無視して本を読んだり、タオルを畳んだりしている。
おいしい?
わかりません!
だから、食卓では沈うつな空気が流れる。
なぜか最近、家では調子が悪い。
一人で外に行ってしまったので、車で出かけることにする。
母、杖も持たずに、伝え歩きで玄関から10mも行かないところで固まっている。
私が車を出して、乗って! というと、あ〜、助かった!
命拾いした! もうあの世行きかと思った、と言いいながら、車に乗り込んだ。
今日は神戸屋に行って、ケーキセットを食べた。
本当は甘いもの控えたほうがいいんだけどな〜。
こっちが何か言っても、全く返事をしてこない。
聞こえていないのか?
理解できないのか?
わざとなのか?
わからない。
返事をするときは、わかりません、という返事が多い。
これ飲んでね?
・・・・無視
これ食べてね?
・・・・無視
無視して本を読んだり、タオルを畳んだりしている。
おいしい?
わかりません!
だから、食卓では沈うつな空気が流れる。
なぜか最近、家では調子が悪い。
一人で外に行ってしまったので、車で出かけることにする。
母、杖も持たずに、伝え歩きで玄関から10mも行かないところで固まっている。
私が車を出して、乗って! というと、あ〜、助かった!
命拾いした! もうあの世行きかと思った、と言いいながら、車に乗り込んだ。
今日は神戸屋に行って、ケーキセットを食べた。
本当は甘いもの控えたほうがいいんだけどな〜。
マザー・テレサ「日々の言葉」という本の中に、次のような言葉があった。
もしあなたの家に、
病気の人、さびしがっている人がいるなら、
そこにいてください。
もしかしたら、
ただ手を握るだけかもしれないし、
ただほほえんであげるだけかもしれません。
でも、それこそが、
とても大切で、
とてもすばらしいことなのです。
「家庭内孤独」とでも言えようか?
私たちも、母を部屋でほったらかしにして、自分たちはテレビをみたり、PCをしたり、べらべらしゃべっていたりすることが多い。
母はきっと、さびしいんだと思う。
私が時々、母の部屋に行って、ほほえむと、母も本当にかわいい顔で微笑み返してくる。
「ママ、かわいい顔してるね〜」と、私が言うと、
「だって、こどもやもん」 という答えが返ってきた。
私:「こども?」
母:「おばさんかな?・・・」
母はニコニコ笑っている。
冗談か?本気か? よくわからないけど、さっきより機嫌よくなったし、まっいいか。
もしあなたの家に、
病気の人、さびしがっている人がいるなら、
そこにいてください。
もしかしたら、
ただ手を握るだけかもしれないし、
ただほほえんであげるだけかもしれません。
でも、それこそが、
とても大切で、
とてもすばらしいことなのです。
「家庭内孤独」とでも言えようか?
私たちも、母を部屋でほったらかしにして、自分たちはテレビをみたり、PCをしたり、べらべらしゃべっていたりすることが多い。
母はきっと、さびしいんだと思う。
私が時々、母の部屋に行って、ほほえむと、母も本当にかわいい顔で微笑み返してくる。
「ママ、かわいい顔してるね〜」と、私が言うと、
「だって、こどもやもん」 という答えが返ってきた。
私:「こども?」
母:「おばさんかな?・・・」
母はニコニコ笑っている。
冗談か?本気か? よくわからないけど、さっきより機嫌よくなったし、まっいいか。
先日、脳のエクササイズについて書きましたが、その一つ、スーパーで商品を覚える。 というのを、先日試してみました。
スーパーなどで、陳列してある例えば、パンならパンの種類を5つ覚えます。 それから数分後に戻ってきて、覚えたものが正しかったか確認する、というやつです。
帰りがけに思い出したので、進物用のお菓子などの売り場で、適当にお菓子の名前を5つ覚え、時間稼ぎにフードコーナーでお茶をしました。
その後戻るつもりが、すっかり忘れて家に帰って気がつきました。
これってもうボケてますよね?
今日、リベンジでもう一度やりました。
5つのうち、完全正解は1つでした。
あとは、全く違ってたり、他のとごっちゃになってたり。
今、思い出そうとしてもよく思い出せません。
結果には少しショックですが、手軽にできるので、もっとやらなきゃ、と思ってます。
とりあえずポジティブにならなければ。
スーパーなどで、陳列してある例えば、パンならパンの種類を5つ覚えます。 それから数分後に戻ってきて、覚えたものが正しかったか確認する、というやつです。
帰りがけに思い出したので、進物用のお菓子などの売り場で、適当にお菓子の名前を5つ覚え、時間稼ぎにフードコーナーでお茶をしました。
その後戻るつもりが、すっかり忘れて家に帰って気がつきました。
これってもうボケてますよね?
今日、リベンジでもう一度やりました。
5つのうち、完全正解は1つでした。
あとは、全く違ってたり、他のとごっちゃになってたり。
今、思い出そうとしてもよく思い出せません。
結果には少しショックですが、手軽にできるので、もっとやらなきゃ、と思ってます。
とりあえずポジティブにならなければ。
ドクターダルマのサイトに、健康と精神性(宗教)の関連性が書いてあった。
「宗教などを持っている人は、無宗教の人に比べ健康的である」 という結果がハーバード大などを含め多数の研究機関が行った調査で出ているという。
カリフォルニア大学の研究では、教会に毎週行っている人と時々しか行かない人を比べた結果、毎週行く人の方が、次の点で勝っていたという。
タバコをやめる
運動を始める
お酒の量を減らす
友達の多さ
離婚率(低い)
より良いメンタルヘルスを保っている
なんか、本当に離婚率まで関係あるの? って感じだ。
カトリックだったらわかるけど、アメリカはプロテスタントが多いし、教会が特に反離婚でもないだろうし。。
この間、中国でキリスト教徒になる人が増えているというニュースを聞いたが、日本人は私も含め、結構、無宗教な人が多いのではないだろうか?
私なんか、「宗教」って聞くと、ちょっと引いてしまう。
よく訪ねてくる「倫風」のおばさんをイメージしてしまうからか。。
「神」という存在を、全くいない、とは言わないが、はっきりイメージして、「神の心のままに」 とか、ちょっとできにくいのだ。
宗教か。。。
そういうもの信じてた方が、何かと精神的に強くなれたりするのかな〜。
仏教も宗教なんだろうけど、ちゃんと教わったことないしな〜。
これから先のウン十年の人生、やっぱり宗教をもっとくべきなのかな〜。
やっぱり、よくわからないのである。
「宗教などを持っている人は、無宗教の人に比べ健康的である」 という結果がハーバード大などを含め多数の研究機関が行った調査で出ているという。
カリフォルニア大学の研究では、教会に毎週行っている人と時々しか行かない人を比べた結果、毎週行く人の方が、次の点で勝っていたという。
タバコをやめる
運動を始める
お酒の量を減らす
友達の多さ
離婚率(低い)
より良いメンタルヘルスを保っている
なんか、本当に離婚率まで関係あるの? って感じだ。
カトリックだったらわかるけど、アメリカはプロテスタントが多いし、教会が特に反離婚でもないだろうし。。
この間、中国でキリスト教徒になる人が増えているというニュースを聞いたが、日本人は私も含め、結構、無宗教な人が多いのではないだろうか?
私なんか、「宗教」って聞くと、ちょっと引いてしまう。
よく訪ねてくる「倫風」のおばさんをイメージしてしまうからか。。
「神」という存在を、全くいない、とは言わないが、はっきりイメージして、「神の心のままに」 とか、ちょっとできにくいのだ。
宗教か。。。
そういうもの信じてた方が、何かと精神的に強くなれたりするのかな〜。
仏教も宗教なんだろうけど、ちゃんと教わったことないしな〜。
これから先のウン十年の人生、やっぱり宗教をもっとくべきなのかな〜。
やっぱり、よくわからないのである。
今日は本当にいい天気だった。
秋晴れのさわやかな天気。
日差しがちょっときつかったけど。
天気がいいので、朝から母とどこかに出かけようと思っていたのだが、母は起きても、すぐに寒いと言って、布団にもぐりこんでしまう。
最近ずっと、こんな調子だ。
母の部屋の掃除をちょっと怠っているからか、アレルギー症状も出ていて、不快なのだろう。
仕方がないから、私は2階でかんちゃんを遊ばせながら、PC.
やっと母を起こせたのは正午。 12時ごろ。
軽い朝ごはん(もうお昼ごはんか?)を食べて、1時半ごろ車で外出。
それにしても車っていいもんんだ。
家ではあまり話をしなくても、車だと距離が近いせいか、母と話をする。母はとても機嫌がいい。
道も空いていたので、結局、梅田まで出てしまった。
阪急百貨店の英国フェアが本日までだったので、覗いてみる。
人が多い。 紅茶も試飲して買いたかったが、家に既に飲みきれないほどの紅茶が。。 紅茶だけでなく、10種類以上のブレンドティーやら健康茶やらがある。
帰りは、働いている妹を拾って帰ってきた。
母は私と妹が車の中で、ずっとしゃべってると、あまり機嫌はよくないようだ。 3人でご飯を食べに行くと結構、機嫌が悪くなる。
車はこの間、妹がガソリンスタンドで車のタイヤがひび割れていると、指摘されたらしい。 最近はマシになったが、時々煙も出るし、もう10年以上乗ってるし、来年4月の車検までには買い換えないと。
第一、ホンダのインスパイアって、車高も低く、ドアも重く、母はとても乗り降りしにくいのだ。とても福祉的な車ではない。
どんな車買おうかな〜?
今度はトヨタがいいな。
インスパイアは恐ろしく燃費悪いから、もっと燃費のいい車にしよう。
これを買ったときは、母が骨折する前で、認知症になる前で。
こんなことになるとはあの時、予想もしていなかった。
「人生とは地図を持たずに航海すること」という言葉を聞いたことがあるが、人生が航海だとしたら、私たちの船は今、どこにいるのだろう?
少なくとも、陸は見えていない。
波に揺られて、進むのみ。
秋晴れのさわやかな天気。
日差しがちょっときつかったけど。
天気がいいので、朝から母とどこかに出かけようと思っていたのだが、母は起きても、すぐに寒いと言って、布団にもぐりこんでしまう。
最近ずっと、こんな調子だ。
母の部屋の掃除をちょっと怠っているからか、アレルギー症状も出ていて、不快なのだろう。
仕方がないから、私は2階でかんちゃんを遊ばせながら、PC.
やっと母を起こせたのは正午。 12時ごろ。
軽い朝ごはん(もうお昼ごはんか?)を食べて、1時半ごろ車で外出。
それにしても車っていいもんんだ。
家ではあまり話をしなくても、車だと距離が近いせいか、母と話をする。母はとても機嫌がいい。
道も空いていたので、結局、梅田まで出てしまった。
阪急百貨店の英国フェアが本日までだったので、覗いてみる。
人が多い。 紅茶も試飲して買いたかったが、家に既に飲みきれないほどの紅茶が。。 紅茶だけでなく、10種類以上のブレンドティーやら健康茶やらがある。
帰りは、働いている妹を拾って帰ってきた。
母は私と妹が車の中で、ずっとしゃべってると、あまり機嫌はよくないようだ。 3人でご飯を食べに行くと結構、機嫌が悪くなる。
車はこの間、妹がガソリンスタンドで車のタイヤがひび割れていると、指摘されたらしい。 最近はマシになったが、時々煙も出るし、もう10年以上乗ってるし、来年4月の車検までには買い換えないと。
第一、ホンダのインスパイアって、車高も低く、ドアも重く、母はとても乗り降りしにくいのだ。とても福祉的な車ではない。
どんな車買おうかな〜?
今度はトヨタがいいな。
インスパイアは恐ろしく燃費悪いから、もっと燃費のいい車にしよう。
これを買ったときは、母が骨折する前で、認知症になる前で。
こんなことになるとはあの時、予想もしていなかった。
「人生とは地図を持たずに航海すること」という言葉を聞いたことがあるが、人生が航海だとしたら、私たちの船は今、どこにいるのだろう?
少なくとも、陸は見えていない。
波に揺られて、進むのみ。
なぜペットがかわいいか? と言うと、
それは、しゃべらないから、というのを聞いたことがある。
こっちがいくらしゃべりかけても、かわいい目でじっと見つめるだけのペットは、かわいい。
おとうさんなんかで、奥さんに言ったら怒られるようなことを、
な〜 OOやんな〜。 とか、ペットに向かってブツブツ話しかけている光景はよく見かける。
人は聞いてもらうことで、スッキリしたり癒されるのだ。
たとえそれがペットでも。。。
そしてペットはあまり要求をしない。
と、少なくとも私はそう思っていた。 そういうイメージがあった。
うちのカンちゃんは、このペットがかわいい法則からことごとく外れている。
まず、しゃべる。
こっちがしゃべるより、朝から、向こうの方から何かとしゃべって要求してくるのだ。
こんにちわ、おはよう、コケコッコー、やれやれカンちゃん。。
それが、全部、出してくれ〜。 に聞こえるのだ。
言い方が、妙に要求がましい。 おはよう、を続けて、10回ぐらい言う。 よう にアクセントを置いて。 そして、1回目、2回目、3回目と言い方も変わる。
こんな感じか。
おはよう、 おはよう、 お・は・よ・う
それは、しゃべらないから、というのを聞いたことがある。
こっちがいくらしゃべりかけても、かわいい目でじっと見つめるだけのペットは、かわいい。
おとうさんなんかで、奥さんに言ったら怒られるようなことを、
な〜 OOやんな〜。 とか、ペットに向かってブツブツ話しかけている光景はよく見かける。
人は聞いてもらうことで、スッキリしたり癒されるのだ。
たとえそれがペットでも。。。
そしてペットはあまり要求をしない。
と、少なくとも私はそう思っていた。 そういうイメージがあった。
うちのカンちゃんは、このペットがかわいい法則からことごとく外れている。
まず、しゃべる。
こっちがしゃべるより、朝から、向こうの方から何かとしゃべって要求してくるのだ。
こんにちわ、おはよう、コケコッコー、やれやれカンちゃん。。
それが、全部、出してくれ〜。 に聞こえるのだ。
言い方が、妙に要求がましい。 おはよう、を続けて、10回ぐらい言う。 よう にアクセントを置いて。 そして、1回目、2回目、3回目と言い方も変わる。
こんな感じか。
おはよう、 おはよう、 お・は・よ・う
今日はお天気がよかったので、バラ公園に行ってみた。
秋にだってバラは咲くはずだ。
行くと、ちょうど見ごろでいっぱい咲いてる。
小腹がすいていたので、コンビニで買ったパンを食べようと、母とベンチに座ってパンを食べていた。
そこにいきなり、サッカーボールのような大きなボールが母めがけて飛んできた。 母は自分の目の前に、歩行器を置いて座ってた。 ボールは幸い、その歩行器の手の部分から伸びているベルトのような所に当たり、跳ね返ったので、母は無事だった。
しかし、かなりの勢いで飛んできたボール。
小学生ぐらいの男の子の母親が、ちょっと心配そうに、大丈夫ですか? と聞いてきた。
私、あっ 大丈夫です。
でも、良く考えたら、ここの広場でボール遊びは絶対にしないでください、と看板に書いてある。
私が、 ここボール遊び禁止ですよね? と言うと、その人は無言だった。
子供はまだボール遊びをしたそうにしている。
ふっと周りをみると、他にもちらほらボール遊びをしていた人たちがみんなやめたようだった。
広場に平和なときが流れていた。
よくみると、赤ちゃんみたいな小さな子供を連れている人もいるし、ボール遊びは危ないのだ。 それに、バラ公園の中で、後で、バラの手入れをしている人と話したら、ボールが当たって、バラが折れると嘆いていた。
軽食を食べ終え、私たちはバラ見物に歩き出した。 少し行くと、さっきのガキとおじいちゃんが、またボールの蹴りあいをしている。
そういえば、さっきもあのおじいちゃんがいた。 孫と遊んでいたのだ。
私は戻っていって、なんでまた、ボール遊びしてるんですか? と、そのジジイに詰め寄った。 ジジイ小声で、すみません。
私が、お名前教えていただけますか? と聞くと、 名無しの権兵衛です。 とのたまう。
事情を知らない子供の父親が、どういうこと? と私に食って掛かってる。 ジジイが、説明を入れる。 ああ、ボール当たったんですが、すみません。
私が、看板にも書いてあるし、ちゃんと大人が子供に教育してください。 というと、わかりました。今日は、もうしません。 と言う。
明日はする気だ。
後で、奥さんのところに行って、うるさいやつがいるから、もう帰ろう、と言っているのが聞こえた。
結局、バラなんて最初から見る気はない。
要は、ちょっと広場があるので、家族でボール遊びが目的で来ているのだ。 看板などは完全に無視である。
ボールが母の歩行器のベルトに当たらず、もう1cmずれていたら、母の胸に直撃してして、かなり勢いがあったので、救急車ものだったと思う。
でも、やつらは全く反省していない。
後で、警備員の人に言うと、この間も、ボールがあったたとかでトラブルがあったらしい。
母とバラを見て、帰るとき、広場を見ると、3−4組が、サッカーやら、キャッチボールやらのボール遊びをしていた。
公園側も真剣に取り締まる気はない。
母は放任主義だったが、私たちは子供の頃から、「他人には迷惑をかけてはいけない」、というこの一点だけは、とても厳しくしつけられた。
「自由」というのは何をしてもいいわけではない。
「他人に迷惑をかけない」という大前提があるのだ。
それをはきちがえている大人が多い。
子供がボール遊びしたがってるんだから、何でしてはいけないのか?
と、明らかに、こっちが悪者だ。
きれいに手入れしてくださってるバラは折れるし、みんながお弁当を食べてるところでしたら危ないし、まして看板には「絶対におやめください」と書いてある。
子供がしたら、やめさせるのが親の務めではないのか?
したい、と言ったら、理由を説明して、。。。で、他の人の迷惑になるでしょ? とか言うのが、親だと私は思っていたが、最近はそんな親の方が珍しい。 スーパーに行けば、親の横で子供が、食品を一つ一つたたいたり、指で押して潰したりしていても、親は知らん顔である。
それを注意する私は、意地悪女のようである。
帰りにスーパーに寄ると、やっぱりいた。2つしかない身体障害者の駐車スペースにとめてる健常者の車。
一つだけ確かなことは、モラルというものがなくなってきているのである。 大人がそうなのだ。 自分たちだけが、よかったらいいんじゃん、と。
学校教育うんぬん言う前に、家での教育をちゃんとしてくれ、と言いたくなる。教育の基本は家である。 親をみて子供は育つのだ。
秋にだってバラは咲くはずだ。
行くと、ちょうど見ごろでいっぱい咲いてる。
小腹がすいていたので、コンビニで買ったパンを食べようと、母とベンチに座ってパンを食べていた。
そこにいきなり、サッカーボールのような大きなボールが母めがけて飛んできた。 母は自分の目の前に、歩行器を置いて座ってた。 ボールは幸い、その歩行器の手の部分から伸びているベルトのような所に当たり、跳ね返ったので、母は無事だった。
しかし、かなりの勢いで飛んできたボール。
小学生ぐらいの男の子の母親が、ちょっと心配そうに、大丈夫ですか? と聞いてきた。
私、あっ 大丈夫です。
でも、良く考えたら、ここの広場でボール遊びは絶対にしないでください、と看板に書いてある。
私が、 ここボール遊び禁止ですよね? と言うと、その人は無言だった。
子供はまだボール遊びをしたそうにしている。
ふっと周りをみると、他にもちらほらボール遊びをしていた人たちがみんなやめたようだった。
広場に平和なときが流れていた。
よくみると、赤ちゃんみたいな小さな子供を連れている人もいるし、ボール遊びは危ないのだ。 それに、バラ公園の中で、後で、バラの手入れをしている人と話したら、ボールが当たって、バラが折れると嘆いていた。
軽食を食べ終え、私たちはバラ見物に歩き出した。 少し行くと、さっきのガキとおじいちゃんが、またボールの蹴りあいをしている。
そういえば、さっきもあのおじいちゃんがいた。 孫と遊んでいたのだ。
私は戻っていって、なんでまた、ボール遊びしてるんですか? と、そのジジイに詰め寄った。 ジジイ小声で、すみません。
私が、お名前教えていただけますか? と聞くと、 名無しの権兵衛です。 とのたまう。
事情を知らない子供の父親が、どういうこと? と私に食って掛かってる。 ジジイが、説明を入れる。 ああ、ボール当たったんですが、すみません。
私が、看板にも書いてあるし、ちゃんと大人が子供に教育してください。 というと、わかりました。今日は、もうしません。 と言う。
明日はする気だ。
後で、奥さんのところに行って、うるさいやつがいるから、もう帰ろう、と言っているのが聞こえた。
結局、バラなんて最初から見る気はない。
要は、ちょっと広場があるので、家族でボール遊びが目的で来ているのだ。 看板などは完全に無視である。
ボールが母の歩行器のベルトに当たらず、もう1cmずれていたら、母の胸に直撃してして、かなり勢いがあったので、救急車ものだったと思う。
でも、やつらは全く反省していない。
後で、警備員の人に言うと、この間も、ボールがあったたとかでトラブルがあったらしい。
母とバラを見て、帰るとき、広場を見ると、3−4組が、サッカーやら、キャッチボールやらのボール遊びをしていた。
公園側も真剣に取り締まる気はない。
母は放任主義だったが、私たちは子供の頃から、「他人には迷惑をかけてはいけない」、というこの一点だけは、とても厳しくしつけられた。
「自由」というのは何をしてもいいわけではない。
「他人に迷惑をかけない」という大前提があるのだ。
それをはきちがえている大人が多い。
子供がボール遊びしたがってるんだから、何でしてはいけないのか?
と、明らかに、こっちが悪者だ。
きれいに手入れしてくださってるバラは折れるし、みんながお弁当を食べてるところでしたら危ないし、まして看板には「絶対におやめください」と書いてある。
子供がしたら、やめさせるのが親の務めではないのか?
したい、と言ったら、理由を説明して、。。。で、他の人の迷惑になるでしょ? とか言うのが、親だと私は思っていたが、最近はそんな親の方が珍しい。 スーパーに行けば、親の横で子供が、食品を一つ一つたたいたり、指で押して潰したりしていても、親は知らん顔である。
それを注意する私は、意地悪女のようである。
帰りにスーパーに寄ると、やっぱりいた。2つしかない身体障害者の駐車スペースにとめてる健常者の車。
一つだけ確かなことは、モラルというものがなくなってきているのである。 大人がそうなのだ。 自分たちだけが、よかったらいいんじゃん、と。
学校教育うんぬん言う前に、家での教育をちゃんとしてくれ、と言いたくなる。教育の基本は家である。 親をみて子供は育つのだ。
アインシュタインの脳についてずっと前に書いた。
結局、天才と言われる人の脳も、普通の人とニューロン(脳神経)に関してはなんら変わらなかった。数が多かったわけでもない。
一つだけ違ったのは、アインシュタインの脳にはある領域にグリア細胞という、ニューロンに栄養を与える、つまりニューロンのお世話をする細胞が多かった。
復習すると、脳細胞は増えなくて、年をとるとどんどん死滅するばかりだが、このグリア細胞は脳を使うことによって、年をとっても増えるのだ。 だから、認知症から自らを守るためには、毎日、脳を使う、ということが大事である。
そこで今日は、Dr.DHARMAのサイトに載っていた、簡単にできる脳のエクササイズについて、ご紹介する。
●会社や自宅で、引き出しを開けて、中のもの10個ぐらいを覚える。2−3分経ってから、覚えたものを紙に書いて、その後、引き出しを もう一度開け、書いたものが正しいか、チェックする。
●スーパーで。 アメリカなので朝食に食べるシリアルとなっているが、何でも良いと思う。 例えば、食パンコーナーで、最初に見た5種類の食パンを覚える。 10分経って、戻ってきて覚えたものが正しかったかチェックする。
●新聞で株価欄をチェック。5つの株価を覚える。その後、違うことをして、5−10分経ったら、覚えている株価を書き出す。 その後、正しかったかチェックする。
●本を逆さまにして10分間読む。 普通に読むより集中力が必要とされる。
●どこでも簡単にできるエクササイズは、鍵やペンなどの小さな身近な物を選んで、それに関すること、色、形、手触り、フィーリングなど、感じたことをできるだけたくさん声に出して描写する。五感を使うこのようなエクササイズも脳を刺激するのに良い方法である。
毎日、スーパーに買い物に行ってるから、パンコーナーでちょっとやってみようかな、と思う。
結局、天才と言われる人の脳も、普通の人とニューロン(脳神経)に関してはなんら変わらなかった。数が多かったわけでもない。
一つだけ違ったのは、アインシュタインの脳にはある領域にグリア細胞という、ニューロンに栄養を与える、つまりニューロンのお世話をする細胞が多かった。
復習すると、脳細胞は増えなくて、年をとるとどんどん死滅するばかりだが、このグリア細胞は脳を使うことによって、年をとっても増えるのだ。 だから、認知症から自らを守るためには、毎日、脳を使う、ということが大事である。
そこで今日は、Dr.DHARMAのサイトに載っていた、簡単にできる脳のエクササイズについて、ご紹介する。
●会社や自宅で、引き出しを開けて、中のもの10個ぐらいを覚える。2−3分経ってから、覚えたものを紙に書いて、その後、引き出しを もう一度開け、書いたものが正しいか、チェックする。
●スーパーで。 アメリカなので朝食に食べるシリアルとなっているが、何でも良いと思う。 例えば、食パンコーナーで、最初に見た5種類の食パンを覚える。 10分経って、戻ってきて覚えたものが正しかったかチェックする。
●新聞で株価欄をチェック。5つの株価を覚える。その後、違うことをして、5−10分経ったら、覚えている株価を書き出す。 その後、正しかったかチェックする。
●本を逆さまにして10分間読む。 普通に読むより集中力が必要とされる。
●どこでも簡単にできるエクササイズは、鍵やペンなどの小さな身近な物を選んで、それに関すること、色、形、手触り、フィーリングなど、感じたことをできるだけたくさん声に出して描写する。五感を使うこのようなエクササイズも脳を刺激するのに良い方法である。
毎日、スーパーに買い物に行ってるから、パンコーナーでちょっとやってみようかな、と思う。
今日はいつも素通りしていた、おかき屋の中に、お茶をしているらしき人を見かけ、チェックしてみると、あんみつやぜんざい、抹茶シホンケーキなどが食べられるようだったので、母と中に入ってみた。
ちょっとした日本庭園のようなものもあったが、あまり手入れされていない。 もうちょっときれいにしてあって、花なんかもちょっと咲いてたらもっと素敵なのに。。。
母にはお抹茶と和菓子を注文、私はみたらし団子にした。
母、すごくおいしい、と言いながら食べている。
これ、私の! 誰にもあーげない! と、笑いながら。。。
いつも、ごはんなどは、まあまあやね。 とかしか言わないのに、本当においしいものは母はちゃんと知っている。
それにしても、和菓子と抹茶は家でもほとんど食べないけど、考えたら、ケーキと紅茶よりも健康的かもしれない。
抹茶には認知症を予防する葉酸が多く含まれているし、和菓子はあずきでできているから、バターや生クリームを多く使ったケーキより身体に良さそうだ。
これからは、家でも抹茶と和菓子にしようと思う。
そういえば、母は昔、裏千家を習っていたらしい。
おとついは、梅田の糖朝(わたしのお気に入りのレストラン)で、母とマンゴープリンを食べたし、最近はよく、母と外でお茶をする。
帰りに、たまたま近くの画廊に寄ってみた。
以前、母が裸婦の絵を見て、なにあの人、裸やん!! と、とても反応していたので、母とはあまり画廊に行ってなかったのだが、外から見ると、風景画が多そうだったし、入ってみた。
入り口に飾ってあった花を見て、きれいねー、とべたぼめしている。
私が記帳している間、周りの人と、話をしている。 おばさんが、それ本物じゃないんですよ〜。 OOで作ってあって。。
母: そうなんですか、きれいですね〜。 と、ちゃんとにこやかに会話していた。
中には、怖れていた裸婦の絵が数点あったが、母はちょっと、みて、笑っていただけで、前のように過剰に反応しなかった。 私もほっとして、普通の親子として、画廊を後にした。
夜はご飯も完食してくれたし、今はNHKニュースを一生懸命みている。
とても穏やかな母である。
ちょっとした日本庭園のようなものもあったが、あまり手入れされていない。 もうちょっときれいにしてあって、花なんかもちょっと咲いてたらもっと素敵なのに。。。
母にはお抹茶と和菓子を注文、私はみたらし団子にした。
母、すごくおいしい、と言いながら食べている。
これ、私の! 誰にもあーげない! と、笑いながら。。。
いつも、ごはんなどは、まあまあやね。 とかしか言わないのに、本当においしいものは母はちゃんと知っている。
それにしても、和菓子と抹茶は家でもほとんど食べないけど、考えたら、ケーキと紅茶よりも健康的かもしれない。
抹茶には認知症を予防する葉酸が多く含まれているし、和菓子はあずきでできているから、バターや生クリームを多く使ったケーキより身体に良さそうだ。
これからは、家でも抹茶と和菓子にしようと思う。
そういえば、母は昔、裏千家を習っていたらしい。
おとついは、梅田の糖朝(わたしのお気に入りのレストラン)で、母とマンゴープリンを食べたし、最近はよく、母と外でお茶をする。
帰りに、たまたま近くの画廊に寄ってみた。
以前、母が裸婦の絵を見て、なにあの人、裸やん!! と、とても反応していたので、母とはあまり画廊に行ってなかったのだが、外から見ると、風景画が多そうだったし、入ってみた。
入り口に飾ってあった花を見て、きれいねー、とべたぼめしている。
私が記帳している間、周りの人と、話をしている。 おばさんが、それ本物じゃないんですよ〜。 OOで作ってあって。。
母: そうなんですか、きれいですね〜。 と、ちゃんとにこやかに会話していた。
中には、怖れていた裸婦の絵が数点あったが、母はちょっと、みて、笑っていただけで、前のように過剰に反応しなかった。 私もほっとして、普通の親子として、画廊を後にした。
夜はご飯も完食してくれたし、今はNHKニュースを一生懸命みている。
とても穏やかな母である。
最近、物忘れがひどくなっている。 私の。
忘れていること。
●お湯を沸かしたこと。笛吹きケトルなので沸かしているときはOK.というか、忘れるので、笛吹きケトルにした。 最近は、その後。お茶を入れるのを忘れている。 か、入れたお茶を忘れている。
●かんちゃんを忘れている。 昨日の晩、カゴに入れようとしても、入らないかんちゃんを2階に置き去りにしたまま、一階で夜中の2時ごろまでPCをしていた。 かんちゃんのことすっかり忘れて。
●2階でかんちゃんを遊ばせながらPCをしているとき。 最近のかんちゃんは、ディスプレイとハードの間の隅の奥の方に入っていることが多い。 姿が見えないので、すっかりかんちゃんの事わすれてる。 マウス触ると、かんちゃん、陰から飛び出してきて、手に噛み付く。 すっかり忘れてたので、めちゃびっくりした〜。
●顔を洗ったかどうか忘れる。 日曜日、ちょっと酔っ払って帰ってきた私。 ソファでゴロ寝。 次の日、昨日の晩、顔洗ったっけ?
思い出せない。 顔に触ると、化粧水をぬって、もちもちしているのか、ファンデーションをつけたままでべたべたしているのか、いまいちわからない。化粧と言ってもファンデーションぐらいで、それも化粧直しもしないので、ほとんどいつも取れているのだ。
でも、洗面所の洗面器を見て、確かに昨夜、あの洗面器を風呂場から移動させてここへ持ってきた、と思う。
今、思い出せるのは、そんなところだが、これってかなりやばいような気がしてきた。
忘れていること。
●お湯を沸かしたこと。笛吹きケトルなので沸かしているときはOK.というか、忘れるので、笛吹きケトルにした。 最近は、その後。お茶を入れるのを忘れている。 か、入れたお茶を忘れている。
●かんちゃんを忘れている。 昨日の晩、カゴに入れようとしても、入らないかんちゃんを2階に置き去りにしたまま、一階で夜中の2時ごろまでPCをしていた。 かんちゃんのことすっかり忘れて。
●2階でかんちゃんを遊ばせながらPCをしているとき。 最近のかんちゃんは、ディスプレイとハードの間の隅の奥の方に入っていることが多い。 姿が見えないので、すっかりかんちゃんの事わすれてる。 マウス触ると、かんちゃん、陰から飛び出してきて、手に噛み付く。 すっかり忘れてたので、めちゃびっくりした〜。
●顔を洗ったかどうか忘れる。 日曜日、ちょっと酔っ払って帰ってきた私。 ソファでゴロ寝。 次の日、昨日の晩、顔洗ったっけ?
思い出せない。 顔に触ると、化粧水をぬって、もちもちしているのか、ファンデーションをつけたままでべたべたしているのか、いまいちわからない。化粧と言ってもファンデーションぐらいで、それも化粧直しもしないので、ほとんどいつも取れているのだ。
でも、洗面所の洗面器を見て、確かに昨夜、あの洗面器を風呂場から移動させてここへ持ってきた、と思う。
今、思い出せるのは、そんなところだが、これってかなりやばいような気がしてきた。
先日、認知症の老人をかかえる家族の会の例会に出席してみた。
実は、3年ほど前、一度行ったのだが、その時は特に相談することもなかったので、一度きりでやめていた。
今、ご存知のように、母は何のサービスも利用してしない。
そのこともちょっと気になっていて、行ってみることにした。
デイをやめたいきさつを話すと、こっちがもっと親離れして、預かってもらってる時は、何をしているか気にしない方がいい、と言われた。
とりあえず、他のデイも見学には行こうと思う。
その時、小規模多機能型施設について話が出て、ある人が、小規模多機能の場合、サービスを利用してもしなくても、月額の定額料金を払わねばならないので、問題があるようなことを言っていた。
その言葉が気になっていた。 今朝、なんとなく思い出し、ケアマネさんに聞いてみることにした。
最初は、そんなこと絶対ないですよ〜 と言っていたケアマネさんは、私と話しながら資料を見ていた。 そして、結局、ほぼ、そうであることがわかった。
つまり、例えば、要介護4の場合、今、30、600単位頂いているが、そのうち25,597単位、つまり5000ポイントを残してほぼ全額を月額として、利用の大小にかかわらず、小規模多機能施設にあげてしまうのだ。
小規模多機能では、デイや、ヘルパー派遣や、ショートステイなどが利用できる。
基本的には全て在宅介護支援のサービスである。
だから、現在、色々利用して月間の単位のほとんどを使っているような人にとっては、全て一箇所でめんどうをみてくれるので、都合がいいかもしれないが、母のようにほとんど何も利用していない、もし利用するとしても、単位の3分の1もしないような人にとっても、定額の全額を支払わなければならないとは、なんたるムダ!
利用者は1割負担だが、国はその9割を負担しているのだ。
介護保険制度が破綻するんじゃないだろうか? と思ってしまう。
たとえ、9割を使ったとしても、残り一割を施設がせしめるわけだから、それが積もり積もれば結構な金額である。
また、現在それほど利用してない人でも、そういうことで、全額使う傾向も出てくると、国の負担も増えそうだ。
そして、もう一つの問題は、自分の地域にできたサービスの内容である。介護員の人と、認知症の利用者の相性であるとか、その施設の従業員のクオリティであるとか。 合わない場合、他の地域の同じような施設を利用できるのか? そうなると、地域密着でもなくなってくる。
事業所の方でも、24時間体制で、デイ、訪問介護、ショートを提供するとなると、それなりの人員も必要だし、事業としての採算も合うかどうかわからないしで、これからどのくらいの事業所ができるのか、全く見えない、(私の市ではまだ、1軒もでいていない)状態で、やってみなければわからない、というのが現状だろう。
国がいろいろな政策を考え、ころころと変わる介護制度・方針だが、本当にそんなやり方で、財政とサービスの質のバランスを保ってやっていけるのだろうか? と疑問に思ってしまう。
結局、振り回されるのは利用者かもしれない。
実は、3年ほど前、一度行ったのだが、その時は特に相談することもなかったので、一度きりでやめていた。
今、ご存知のように、母は何のサービスも利用してしない。
そのこともちょっと気になっていて、行ってみることにした。
デイをやめたいきさつを話すと、こっちがもっと親離れして、預かってもらってる時は、何をしているか気にしない方がいい、と言われた。
とりあえず、他のデイも見学には行こうと思う。
その時、小規模多機能型施設について話が出て、ある人が、小規模多機能の場合、サービスを利用してもしなくても、月額の定額料金を払わねばならないので、問題があるようなことを言っていた。
その言葉が気になっていた。 今朝、なんとなく思い出し、ケアマネさんに聞いてみることにした。
最初は、そんなこと絶対ないですよ〜 と言っていたケアマネさんは、私と話しながら資料を見ていた。 そして、結局、ほぼ、そうであることがわかった。
つまり、例えば、要介護4の場合、今、30、600単位頂いているが、そのうち25,597単位、つまり5000ポイントを残してほぼ全額を月額として、利用の大小にかかわらず、小規模多機能施設にあげてしまうのだ。
小規模多機能では、デイや、ヘルパー派遣や、ショートステイなどが利用できる。
基本的には全て在宅介護支援のサービスである。
だから、現在、色々利用して月間の単位のほとんどを使っているような人にとっては、全て一箇所でめんどうをみてくれるので、都合がいいかもしれないが、母のようにほとんど何も利用していない、もし利用するとしても、単位の3分の1もしないような人にとっても、定額の全額を支払わなければならないとは、なんたるムダ!
利用者は1割負担だが、国はその9割を負担しているのだ。
介護保険制度が破綻するんじゃないだろうか? と思ってしまう。
たとえ、9割を使ったとしても、残り一割を施設がせしめるわけだから、それが積もり積もれば結構な金額である。
また、現在それほど利用してない人でも、そういうことで、全額使う傾向も出てくると、国の負担も増えそうだ。
そして、もう一つの問題は、自分の地域にできたサービスの内容である。介護員の人と、認知症の利用者の相性であるとか、その施設の従業員のクオリティであるとか。 合わない場合、他の地域の同じような施設を利用できるのか? そうなると、地域密着でもなくなってくる。
事業所の方でも、24時間体制で、デイ、訪問介護、ショートを提供するとなると、それなりの人員も必要だし、事業としての採算も合うかどうかわからないしで、これからどのくらいの事業所ができるのか、全く見えない、(私の市ではまだ、1軒もでいていない)状態で、やってみなければわからない、というのが現状だろう。
国がいろいろな政策を考え、ころころと変わる介護制度・方針だが、本当にそんなやり方で、財政とサービスの質のバランスを保ってやっていけるのだろうか? と疑問に思ってしまう。
結局、振り回されるのは利用者かもしれない。
昨日は起業家セミナーの最終日。
自分の考えたビジネスのプレゼンをして、後は、打ち上げ。
何事も最後の最後でないとやらない私はまた、前日の土曜の夜中から、何をしゃべろうか真剣に考えはじめ、日曜日、バスの中で考え、バタバタしてぶっつけ本番。
計画性がなさすぎる、と反省。
しかし、会社を辞めて、友達が減った私にとって、新しい人たちとの出会いはとても楽しかった。始める前は、モーチベーションがどん底まで落ちていたけど、だんだんと上がっていった。 他の人と話すことによって。
私は元々、あまり人付き合いが良くない。
こんな人たちと話してても、時間の無駄だわ、と思って、お誘いをどんどんお断りする。 嫌なやつなのだ。
人付き合いが疲れる、というのもある。
しかしそうやってると、どんどん自分の世界が狭くなっていくのだ。
認知症の一番の予防は人とコミュニケーションをとることだ。
会話のキャッチボールをしている時の脳はとても活発に働いているのだ。 会話しないと、どんどん脳細胞が死んでいく。
今考えているのは飲食関係のビジネス。お金が要って、リスクが高い、うまみの少なそうなビジネスだ。 ましてや、私は飲食なんてバイトぐらいしかしたことがなく、それもあまりまともにはできなかった。
それにそんなことしたら、誰が母をみるのか?
私が会社を辞めたのは、母との時間を十分にとりたかったから。
母を連れて物件探しも、ちょっと無理だしな〜。
プレゼンでは大きいことを言った。
このビジネスでSLOW LIFE,LOHASを実現!
Better World をつくる、と。
事業で人々を幸せにする、と。
それが本当に私のやりたいことなのだろうか?
私がやりたいのは、母にまず、幸せになってもらうこと。
そして自分も幸せになること。
もっと、考えなければならない、と思う。
頭を使って。
自分の考えたビジネスのプレゼンをして、後は、打ち上げ。
何事も最後の最後でないとやらない私はまた、前日の土曜の夜中から、何をしゃべろうか真剣に考えはじめ、日曜日、バスの中で考え、バタバタしてぶっつけ本番。
計画性がなさすぎる、と反省。
しかし、会社を辞めて、友達が減った私にとって、新しい人たちとの出会いはとても楽しかった。始める前は、モーチベーションがどん底まで落ちていたけど、だんだんと上がっていった。 他の人と話すことによって。
私は元々、あまり人付き合いが良くない。
こんな人たちと話してても、時間の無駄だわ、と思って、お誘いをどんどんお断りする。 嫌なやつなのだ。
人付き合いが疲れる、というのもある。
しかしそうやってると、どんどん自分の世界が狭くなっていくのだ。
認知症の一番の予防は人とコミュニケーションをとることだ。
会話のキャッチボールをしている時の脳はとても活発に働いているのだ。 会話しないと、どんどん脳細胞が死んでいく。
今考えているのは飲食関係のビジネス。お金が要って、リスクが高い、うまみの少なそうなビジネスだ。 ましてや、私は飲食なんてバイトぐらいしかしたことがなく、それもあまりまともにはできなかった。
それにそんなことしたら、誰が母をみるのか?
私が会社を辞めたのは、母との時間を十分にとりたかったから。
母を連れて物件探しも、ちょっと無理だしな〜。
プレゼンでは大きいことを言った。
このビジネスでSLOW LIFE,LOHASを実現!
Better World をつくる、と。
事業で人々を幸せにする、と。
それが本当に私のやりたいことなのだろうか?
私がやりたいのは、母にまず、幸せになってもらうこと。
そして自分も幸せになること。
もっと、考えなければならない、と思う。
頭を使って。

