とりあえず和解
この間、やっと妹と「話す」ことができた。
週3日は母を完全にみてくれるとのこと。
その代わり、彼女は彼女のやり方でみるので、私は口出しはしない。
私は彼女の視界から消える。
外出か自分の部屋に引きこもる。
さっそく、日曜日の晩、自分の部屋に引きこもってみた。
すごくいい感じ。
ちょっと意地悪な気分で、FEEL GREAT!
だって、妹はずっと階下の私と母を無視して、部屋でTVとパソコンだったんだ。それが、どれほど辛かったか。。 私にとって。

土曜日は久々にアートスクールに出かけたら、ストレスも吹き飛んだ。
これから毎週行けると思うと、嬉しくなる。

土曜・日曜と妹が母をみていたので、今日、久しぶりに母と一緒だった。
母は、とてもおとなしい。
以前の”いらいら”や ちょっとした言葉の攻撃性(おじさんを”おっさん”と言ってみたり)が全くない。
ちょっと反応が鈍くなった感じだが、おとなしい。

もしかしたら、病気的には進んだのかもしれない。
ごはんの食べ方がちょっと怪しくなってきてるし。。
病気が進むのは嫌だが、母はとてもおとなしく、本当に”いい子”になっているのは、嬉しい。
複雑な心境だ。

それにしても穏やかな母の顔を見ていると、きれいだし、仏様のようだ、と思う。 
これから週3日、顔もあまり見れなくなると思うと、ちょっと淋しいけど、仕方がない。
2007/02/20(Tue) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
家族
健康な時の家族は空気のようなもの。
そこにほんわかしてあって、それは当然で、必要で、心休まる。

誰かが病気になったり、何がしかの問題が持ち上がると、家族はもろくも崩れ去る。
今まで当然と思っていたものが、ギシギシときしみ始め、崩れ出す。

これは私と妹の関係の事。

互いの違いを容認できれば、家庭は平和になることはわかっている。
世界だって、違いを認めるだけで、戦争はなくなる。

でも、認めることができない。
許すことができない。

昨日はできても、今日はできない。

以前に”介護は慣れ”なんて、偉そうに書いたけど、慣れない。
ストレスは確実に蓄積されていく。

最近の母にストレスを感じなくても、今まで積みあがったものが減っていないのだ。

だから相手に要求してしまう。
「わかってよ」って。

2階で下宿人みたいに、しらん顔するのはやめてって。

何もしなくてもいいから、リビングで、そこに居てくれるだけでいい、と思っても、妹は2階の自分の部屋でパソコンとTV.

昔は小さな家に住んでいた。
2階なんかなかった。
誰が何をしてるか、いつも見え見えのアパート。

だからきっと気持ちが2階に慣れていないのかもしれない。
疎外感を感じる。

子供が大きくなって、「メシいらねえ」 とか言って、自分の部屋に引き込まれた母親のような気分かもしれない。

「家族」になるには、それぞれのメンバーの努力が必要なのはわかっている。

「怒る」のではなく、「話せ」ばいいだけなのだ。

要はコミュニケーション能力の問題。

プライドを捨てて、「お願い」すればいいのだろう。
「HELP ME」 と言えばいいのだろう。

みんなわかってる。
でも、できない。

そして、ぐるぐる・ぐるぐる 同じところを周っている。

あ〜あ、進歩がないな〜。


2007/02/16(Fri) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
最近怪しくなってきたこと
そういえば、最近、母にサプリメントを全然飲ませていない。
そのせいかどうかはわからないが、最近、母が怪しくなってきたこと、つまりできなくなってきていることが目立ってきている。

1.食べ方

ハンバーグやパンなど、直接口に持って行って食べるようなものをちぎって食べる。 今日もコロッケがはさんであるパンをお店で母が手にとって食べたそうにしているので、買ったら、食べる時、コロッケを手で取り出して、パンだけちぎって食べようとする。 私が何度、コロッケをはさみ直して、こうやって食べて、と言って渡しても、ダメである。母からコロッケパンをもぎ取り、こっち食べて! と他のパンの出すと、怒って、プイっと行ってしまった。

2.車の乗り方

2,3日前、車に乗るときに靴を脱いだ。
今日も脱ごうとした。
または、シートに座るやり方(シートにお尻を下ろしてから、足を回転させる方法)がわからないように見えた。 足を車から出してシートに座ったままだ。
今までは問題なくできていた。 毎回ではないが、だんだんわからなくなってきたのかもしれない。

3.トイレの手順

これは数ヶ月前からだが、手順が怪しくなっている。
下着を下ろす、便座に座る、トイレットペーパーを巻き取って使う、捨てる。 という手順を忘れてしまったようである。完全に忘れたわけではなく、時々は自分でできる。

今、思いつくのはそんなとこだろうか?

しかし、身体は今のところ、いたって丈夫で、歩行器を押して歩くスピードは私より早い。 猪のように、前だけ見て、人の波をよけて、どんどん先に行ってしまう。 見ると汗びっしょりになっている。
とても84歳とは思えない。 
歩行器を押して、人々を追い抜いていく老人の姿に周りの人もびっくりだ。


2007/02/13(Tue) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
注文のしかた
母は外出した方が比較的よく食べる。
家で、一日中同じ場所にじーっと座っていたのでは、きっと食欲も湧かないのだと思う。

しかし、レストランで注文しても、母が食べるかどうかは、”賭け”みたいなところがある。

その時の気分。
味。
温度。
量。
周囲がうるさいかどうか。
便秘の状態。

など、色々な要因で食べたり、食べなかったり。
気分的なことが大きいので、同じもので、同じ環境でも、よろこんで食べたり、いらないと言ったり。

家なら食べなければ、置いておいて後で食べたりできるが、レストランではそうもいかない。 こっちもお金を払うので、母に執拗に、”食べて””食べて”と言うことになり、余計にへそを曲げてしまったり、こっちがメチャメチャ嫌な気分になって落ち込んだり。。

今まで、ファミレスでも入ったからには一人分づつ注文しなければ、と思って、注文していたが、ほとんどの場合、どうも母は”量”を見るだけで食べるのが嫌になるようである。

だから最近、定食や、うどんと丼セットなど結構、量のあるものを選んで一人分注文する。 ご飯は大盛りにして。。
そして取り皿をもらって2人で食べる。

注文するときに、「すみません、母が余り食べないので、後でデザートとか注文するので、とりあえず一人分でいいですか?」と聞くと、結構、OKしてくれたので、それに味をしめている。

そしてこの方法は本当に上手く行く。
母は汁ものもも飲まないので、一人分はとても食べられない。
今までほとんど残していたのだが、私の分のご飯とおかずを少し分けてあげるだけで、完食してくれる。
取り皿という、小皿に入っているのも、母にとって食べやすいようだ。

要するに、小さい子供づれの母親のような感じだ。
子供にご飯をとりわける要領である。

そして食後にデザートを注文すれば、店側も一応、一人一品なので、快く対応してくれる。

昨日もファミレスに行って、この方法で注文し、母は小皿に入ったご飯とおかずを完食し、デザートも狂喜して食べ、二人とも満足で店を出た。

そういえば、前に来たときは、母が食べないので、いつも嫌な気分になっていた。

注文するとき、多少勇気がいるが、言ってみるものである。
2007/02/02(Fri) | 日記 | トラックバック(1) | コメント(2) | page top↑
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