久しぶりの日記です。
実は2−3日前、また妹と大喧嘩をして、気分がかなりブルーになってました。 歳をとったからなのか、はたまた介護のせいかわからないけれど、介護しているものにとって、このような精神的ストレスは全ての気力を失わせるもとのような気がします。
一言で言えば、なんか弱ってるんです。 心が。。
だから、喧嘩とか、そういうものを乗り越えられないというか。。
喧嘩以降、なんか毎日がひどく疲れ、母にもちょっと冷たくあたってしまい、後で後悔。 という状態です。
人間って、年齢を経るごとに強くなるのかと思ったら、そうでもないんですね。
この間、ウイルスミスの「幸せの力」という映画をレンタルで借りてきて見て、とても励まされたのですが、その効力も切れかけ。。
で、今日、たまたま母と「その時歴史が動いた」を見て、その後にNHKをつけていたら、小椋桂と五輪真弓が出ていたのです。
そこで、小椋桂の「飛べない蝙蝠(こうもり)」という歌を初めて聞いて、「なんて私にぴったりな〜、私そのもののような歌詞にびっくり!」 しかし、これを歌にする小椋桂、ただものじゃない、と思いました。
これまでそんなに好きな歌手ではなかったのですが、歳のせいか、昔より、歌も断然よく聞こえました。まあ、かなりおじさんになっていて、やせてて、頭の侵食もひどくなってましたが。。
歌詞はこうです。
飛べない蝙蝠(こうもり)
作詞・作曲: 小椋桂
朝の光が今日は目に痛い
通り過ぎ行く人に声かけて名前尋ね
何となくただ手を組んだりして 歩いてみようと思うけれど
すぐに僕の中のどこかで どうせながつづきはしないと言う
肩に気まぐれ風の誘い声 黒い翼でもう一度
空飛べと がけに登りがむしゃらにただ君を呼んだりして
はばたいてみようと思うけれど すぐに気がつくだろう
空の上からまいおりる場所もない
できることなら白い雲の果て 遠く浮かんで消えゆく
風船の姿まねて 誰の目にもとどかぬ世界へ
飛んでゆきたいと思うけれど すぐに明日になれば
又別のことを考えている僕だろう
実は2−3日前、また妹と大喧嘩をして、気分がかなりブルーになってました。 歳をとったからなのか、はたまた介護のせいかわからないけれど、介護しているものにとって、このような精神的ストレスは全ての気力を失わせるもとのような気がします。
一言で言えば、なんか弱ってるんです。 心が。。
だから、喧嘩とか、そういうものを乗り越えられないというか。。
喧嘩以降、なんか毎日がひどく疲れ、母にもちょっと冷たくあたってしまい、後で後悔。 という状態です。
人間って、年齢を経るごとに強くなるのかと思ったら、そうでもないんですね。
この間、ウイルスミスの「幸せの力」という映画をレンタルで借りてきて見て、とても励まされたのですが、その効力も切れかけ。。
で、今日、たまたま母と「その時歴史が動いた」を見て、その後にNHKをつけていたら、小椋桂と五輪真弓が出ていたのです。
そこで、小椋桂の「飛べない蝙蝠(こうもり)」という歌を初めて聞いて、「なんて私にぴったりな〜、私そのもののような歌詞にびっくり!」 しかし、これを歌にする小椋桂、ただものじゃない、と思いました。
これまでそんなに好きな歌手ではなかったのですが、歳のせいか、昔より、歌も断然よく聞こえました。まあ、かなりおじさんになっていて、やせてて、頭の侵食もひどくなってましたが。。
歌詞はこうです。
飛べない蝙蝠(こうもり)
作詞・作曲: 小椋桂
朝の光が今日は目に痛い
通り過ぎ行く人に声かけて名前尋ね
何となくただ手を組んだりして 歩いてみようと思うけれど
すぐに僕の中のどこかで どうせながつづきはしないと言う
肩に気まぐれ風の誘い声 黒い翼でもう一度
空飛べと がけに登りがむしゃらにただ君を呼んだりして
はばたいてみようと思うけれど すぐに気がつくだろう
空の上からまいおりる場所もない
できることなら白い雲の果て 遠く浮かんで消えゆく
風船の姿まねて 誰の目にもとどかぬ世界へ
飛んでゆきたいと思うけれど すぐに明日になれば
又別のことを考えている僕だろう
久しぶりに黒龍さんのブログ「介護徒然記」
http://plaza.rakuten.co.jp/sigimaru/
を読ませていただくと、面白い話が載っていました。
ちょっとお借りします。
新美南吉「でんでんむしのかなしみ」
私の背中の殻の中には、悲しみがいっぱい詰まっていると、生きることに絶望するかたつむり。
でも、悲しみは誰もが持ち、背負って生きていること気づく。
辛い事や悲しいことって、自分だけじゃないんだよね。大切なのは、その悲しみ忘れるのではなく、どう背負って生きていくかなんだろうな。
なるほどな〜、と思いました。
そして同時に、ではこう考えてはどうだろう?
背中の殻に悲しみを詰めるのも、喜びを詰めるのも、かたつむり次第、つまり自分次第。 どうせだったら、楽しいことを詰めよう。
そしたら、殻はもっと軽く感じるのかな。
しかし考えてみれば、うまくできた比喩だ。
子供の頃は殻なんてとっても小さかった。
背負うものなんてなく、毎日、ノー天気にハッピーに暮らしていたな〜。
背負うものが大きく、重くなるのは、人間の宿命なのかな。
大きく重くなってきた殻。
そろそろ宿替えの旅にでも出るか〜!
http://plaza.rakuten.co.jp/sigimaru/
を読ませていただくと、面白い話が載っていました。
ちょっとお借りします。
新美南吉「でんでんむしのかなしみ」
私の背中の殻の中には、悲しみがいっぱい詰まっていると、生きることに絶望するかたつむり。
でも、悲しみは誰もが持ち、背負って生きていること気づく。
辛い事や悲しいことって、自分だけじゃないんだよね。大切なのは、その悲しみ忘れるのではなく、どう背負って生きていくかなんだろうな。
なるほどな〜、と思いました。
そして同時に、ではこう考えてはどうだろう?
背中の殻に悲しみを詰めるのも、喜びを詰めるのも、かたつむり次第、つまり自分次第。 どうせだったら、楽しいことを詰めよう。
そしたら、殻はもっと軽く感じるのかな。
しかし考えてみれば、うまくできた比喩だ。
子供の頃は殻なんてとっても小さかった。
背負うものなんてなく、毎日、ノー天気にハッピーに暮らしていたな〜。
背負うものが大きく、重くなるのは、人間の宿命なのかな。
大きく重くなってきた殻。
そろそろ宿替えの旅にでも出るか〜!
恐ろしいことに1ヶ月以上も日記を更新していなかった。
この週末、母の実家のおねえさんとその子供、(母の妹の子供なので私の従姉妹になるおねえさん)が愛知県から車でやってきた。
10月に「私たちの方から行く」と言っていたのだが、その日の前日、急に首が回らなくなり、ドタキャンしていたら、向こうからやってきた。
5年ぶりぐらいの再会だ。
母の様子が気になっていたらしい。
今回は、もちろん母はそのおねえちゃんが誰なのか、全く認識できなかった。
みんなで、母の兄の家に遊びに行ったが、兄のこともずっと前から、「こんなおじいさん、私は知らん」 と言っていた。
しかし、全く知らない人なら、母はすぐに「帰ろ、帰ろ」と言って、退散するが、かなり長い間、機嫌よく私たちの会話の中で過ごしていたところを見ると、潜在意識ではやはり身内に囲まれて、安心していたのだろう。
母の状態がかなり進んでいることに多分、驚いていたとは思うが、帰り際、おねえちゃんは、「でもおばさん、明るいからいいよ」と言っていた。 確かに、母は冗談もよく言うし、ニコニコしていることも多い。
つい最近知ったのだが、そのおねえさんは4年前に癌がみつかり、治療の副作用が強く、大変だったようだ。 今も筋肉が硬くなって、歩きにくくなったり、諸々の副作用に苦しんでいるようだった。
まだ50代前半なのに。。
母は認知症にはなってしまったが、歩行器でどんどん歩けるし、内臓的にも丈夫なので、母も結局、そんなに不幸ではないのかもしれない。
最近は、車で待っていてくれている間、置いてあったアメの袋を見つけては、自分で何個もほおばっていたり、妹に「おまんじゅうあるから、食べれば?」と言うと、「おまんじゅう」という言葉に必ず反応する。
好きなものへの関心がとても高まっている母である。
月曜日の朝、おねえちゃんと息子は帰っていったが、母も楽しかったのか、昨日も今日もとても機嫌がよい。
本当に会えて良かったと思う。
この週末、母の実家のおねえさんとその子供、(母の妹の子供なので私の従姉妹になるおねえさん)が愛知県から車でやってきた。
10月に「私たちの方から行く」と言っていたのだが、その日の前日、急に首が回らなくなり、ドタキャンしていたら、向こうからやってきた。
5年ぶりぐらいの再会だ。
母の様子が気になっていたらしい。
今回は、もちろん母はそのおねえちゃんが誰なのか、全く認識できなかった。
みんなで、母の兄の家に遊びに行ったが、兄のこともずっと前から、「こんなおじいさん、私は知らん」 と言っていた。
しかし、全く知らない人なら、母はすぐに「帰ろ、帰ろ」と言って、退散するが、かなり長い間、機嫌よく私たちの会話の中で過ごしていたところを見ると、潜在意識ではやはり身内に囲まれて、安心していたのだろう。
母の状態がかなり進んでいることに多分、驚いていたとは思うが、帰り際、おねえちゃんは、「でもおばさん、明るいからいいよ」と言っていた。 確かに、母は冗談もよく言うし、ニコニコしていることも多い。
つい最近知ったのだが、そのおねえさんは4年前に癌がみつかり、治療の副作用が強く、大変だったようだ。 今も筋肉が硬くなって、歩きにくくなったり、諸々の副作用に苦しんでいるようだった。
まだ50代前半なのに。。
母は認知症にはなってしまったが、歩行器でどんどん歩けるし、内臓的にも丈夫なので、母も結局、そんなに不幸ではないのかもしれない。
最近は、車で待っていてくれている間、置いてあったアメの袋を見つけては、自分で何個もほおばっていたり、妹に「おまんじゅうあるから、食べれば?」と言うと、「おまんじゅう」という言葉に必ず反応する。
好きなものへの関心がとても高まっている母である。
月曜日の朝、おねえちゃんと息子は帰っていったが、母も楽しかったのか、昨日も今日もとても機嫌がよい。
本当に会えて良かったと思う。


