回想録(旅行)
ここ数日の母はとても機嫌がよい。
全く不機嫌さはなく、いつもニコニコ。
昨日は母と色々話をした。

食べ物の話。
ママは、食べ物だったら何が好き?  

うーん。 何でも食べるよ。 
特にこれか好き、とは言わない母に、 私が、 ママ好きなもの知ってる。 ケーキでしょ? と言うと、 

ケーキ(景気)悪いね。 とジョークで返してくる。

昔行った旅行の話。
海外の行った所を並べてみる。

アメリカ行ったよね?  ミネソタに住んでたし。。

ミネソタの卵売りやね〜。 と、母。

あと、カナダとメキシコとニュージーランドと、

妹と行ったのが、
イギリス、スイス、フランス、イタリア、スペイン、モロッコ。
母、モロッコに強く反応。
大変な旅行だったのだろう。

母と妹がヨーロッパに行ったのは阪神大震災とオウム事件があった、95年(H7年)の夏。

仕事を辞めた妹がヨーロッパ旅行に行くと言うので、
一人で行くんだったら、ママも連れて行ってあげれば? という、私の何気ない超無責任な一言で、母も行くことになった。

それにしても、母が大腿骨を骨折したのが、その前の年の春なので、大腿骨骨折で4−5ヶ月の入院の後、数ヵ月後にヨーロッパに行ったことになる。 

母は杖歩行だったが、けっこうしっかりと歩いていた。
それにしても、無謀だ。 
旅行先で転倒でもしていたら、大変なことになっていただろう。
ヨーロッパでは言葉もいまいち通じないし。。

フィレンツェの塔の階段を上まで上がったらしいが、あれは本当に健常者でもキツイ階段だ。

妹の旅行はいつもバックパック、サバイバル旅行だ。
食べ物も安物なら、ホテルもそんなにいい所にとまるわけじゃないし、大体、全て予約なしの行き当たりばったり旅行なので、現地に着くと、宿探しから始まる。

母は、よく一人で荷物番をさせたれていたようで、海外で、妹がホテルを探したり、他の用事をしている時、一人で、何十分も待たされていたようだ。今考えたら、とてもかわいそうなことをしたと思う。

たぶんその頃には、すでに痴呆が始まっていたと思われる。
一度だけ、待ってるはずのところから、移動していたみたいだった。

1ヶ月ほどの旅行だったと思うが、私が関空に迎えに行くと、2人とも、なんかげっそりと痩せていた。 

最後がスイスで、物価が高かったらしく、ロクなものも食べていなかったようだった。

それにしても母はその時、72歳。 
私だったら、そんなサバイバル旅行、絶対無理だ。

若い頃はできたサバイバル旅行も、もうこの年でもダメである。
いい所に泊まって、いいものを食べて。。 でないと。

考えたら、私たちの家族旅行はほとんどサバイバル系だった。
宿を決めない、行くところも結構アバウト。
アメリカではキャンプまでしてた。
まあ、日本でも信州でキャンプなどしてみたが、バリバリの4ドアセダンの乗用車、ホンダ・インスパイアでキャンプしてる人なんかいない。

でもって、女3人。 本格的キャンプでもなく、一応テントはあるが、ターフもなく、ホームセンターで2−3000円で買える折りたたみ式の青色のテーブルといすセット。 その真ん中にビーチパラソルを立てる。 

細々とキャンプ場でBBQなどして、晩ご飯を食べていたら、子供が寄ってきた。 キャンプ雑誌に載ったこともあるようなキャンプ一家の子供で、私たちのところに来て、 へえ〜。 こんなんでキャンプしてるの〜? とのたまう。

まわりを見れば、みんなRV車に、お父さんが、荷物を降ろして、BBQの具も豪華で。。 本格的なランプもあって。。 

私たちはランプも買ったのだが、灯油缶から灯油をいれるじょうごのようなものまでは買ってなかった。  

子供が、それこうやってするんだよ。 と、じょうごを持ってきてくれて見せてくれた。

なんか、わびしーい、キャンプである。
雨までしとしと降ってきて、わびしさ倍増。

と、まあ話はかなりそれまくっているが、そう言えばそれ以来(7−8年前)、キャンプもしていない。

その時だけ使ったランプも倉庫でほこりをかぶっている。

ヨーロッパ旅行の後、母がおかしいのがだんだんと露呈してきた。
母がアルツハイマーと診断されたのが97年。

それから行った、中国、タイもほとんど覚えてはいない。 万里の長城は母が行きたがっていた場所なので、覚えているようである。

6年ほど前に行ったグアムは雨で全然楽しめなかったが、それを最後に母との海外旅行はぷっつりと途絶えている。

たぶん、母はもうほとんど忘れてしまったかもしれない。
どこへ行ったか、何をみたか。
でも、いいと思う。
きっと母の脳のどこかに、もう見つけ出すこともできないどこかに深く、大切に保管されていると信じている。

エッフェル塔だけは強く記憶に残っているのか、日本で鉄塔をみると、
あれ、エッフェル塔やね、と言っている。

心残りなのは、サバイバル旅行じゃなくて、もっとゆったりと旅行させてあげればよかったな。。 と。

60代70代で、ずっと私たちのサバイバルに付き合わされてた母はどう思っていたのだろう?

今となっては、母の本心も、もうわからない。

とりあえず、母を連れてもう少しおいしいものでも食べに行こうと思う。 最近はずっと家で私たちがいいかげんに作ったものしか食べてない。

味覚が鋭くなった母は、今は相当なグルメである。
2006/09/05(Tue) | 母のストーリー | トラックバック(1) | コメント(2) | page top↑
コメント
--いいね(^_^)--

どんな旅行であれ やっぱりお母様は嬉しかったんじゃないのかな・・・
でないと
「あななたちとの旅行は嫌よ」なんてね(^_^)

私はパスポートはもう何十年も前から持ってるけれど
いざとなると体調壊して海外はなし
精々沖縄の西表や宮古 伊豆の神津島かな(笑)
そして
私も行程決めないで動くの好きだな
だから旅行もツアーとかで行ったことなし
帰ってきてから しまった! ここ行けばよかった!
って言う時もあるけれどね(^m^*)

うちの娘も結構海外旅行行ってるけど
いつもお友達とで 母の私に声がかかったのは
もしかしたら 友達がいけなくなるかも 変わりにいって
なんて時で 私はお断りでしたよ
私は一人でも自分流の旅がしたい人だから
勿論、子ども達と一緒の旅もしてるけれどね
もう息子達は一緒に行ってくれない歳になって来ちゃったわ
仕方ない、みんな成長したんだものね

お母さんとノンビリ旅行したらいいね
これからは
慌てない、急がないの旅行をね
by: ぴょん * 2006/09/06 22:18 * URL [ 編集] | page top↑
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そうですね。
母は一応楽しかったんだと思います。
どんな旅行であれ。 ね。
でも自己主張しない性格だったので、少し嫌でも我慢してたのかもしれないけど。

沖縄、私も大好きです。
石垣、西表、宮古島、あの海をみてるだけで幸せな気分になれます。

ツアーは確かになんか、心に残りませんよね。

今、熟年世代のおばさまたち、すごいですよ。
日本語一本で2−3人のグループで世界中どこでも行っちゃいますから。 

ぴょんさんも、子供が手がかからなくなった、これからどんどん行けますね。 海外じゃなくても、日本の温泉なんかもいいしな〜。

あーまた、どっか行きたくなってきました。
私にとって、ストレス発散には旅行が一番です。
by: ぴょんさま * 2006/09/07 10:12 * URL [ 編集] | page top↑
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